天槍のユニカ



みんなのおもわく(5)

 これ以上、昔の話のことに話題が及ばないよう、ユニカは慌てて話を逸らした。
「マクダさんは、明日もいらっしゃるんでしょう? 少し早く来て昼食を一緒にいかがですか?」
「あらあら、ユニカから食事に誘われるなんて嬉しいね。……でもだめ。確かにあたしはブレイ村で暮らしていた頃のあんたと知り合いだけど、今のあんたは王太子殿下のいい人で、公爵家のお姫様なんだから」
 採寸はこれで終わりなのか、マクダは巻尺をしまい始める。さっきまでころころと表情を変えながらも笑っていたというのに、仕立屋の顔からはそれが一切消えてしまった。
「けじめはつけなきゃ、ばかにされるよ」
 そうしてすげない言葉に戸惑うユニカの両肩を掴む。ぎゅっと力をこめた彼女の手を、ユニカは思わず見下ろした。
 マクダ自身は針を持つことはめったにないが、たくさんの衣装を世の中に送り出してきた手。昔からよく手入れされているきれいな手だった。それは貴族や豪商のところへ出入りするために、彼女が肌を磨いてこぎれいにしていたからだ。
「あたしは服であんたを見守るから。しっかりおしよ」
 その、努力を詰めた手で、彼女は力強くユニカの両肩を叩いた。


     * * *


 ディルクが部屋へ戻ってきたのは、夏の遅い日没のあとである。
 祭礼のあと、王は教主や大導主達との晩餐に参加しないものと思っていたが、あちらに着いてから予定を変えたらしい。必然、ディルクもそれに付き合うことになった。
 夕食の時間はユニカと過ごすつもりでいた彼はふて腐れていたそうだが、ユニカが出迎えた時には機嫌が直っていた。
「今日はクリスタが面白い客を連れてきたらしいね」
「誰から聞いたの?」
「さっき、エリュゼから報告された」
「……怒っていなかった?」
「少しね。あれは多分嫉妬だ」

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