天槍のユニカ



公国騎士の参上(1)

第8話 公国騎士の参上


 ウゼロ公国の使節代表、大公の嫡子であるエイルリヒ・ザシャ・ガーゲルンが毒を含まされるという事件から十日が過ぎた。
 あの日、王太子にせがまれるまま倒れた公子のために血を提供して以来、ユニカには何の音沙汰もない。公子の容態は快復に向かったと王太子が言っていたし、公子が死ねばこうして静かに日々が過ぎているはずもないので、事件は落ち着いたのだろう。
 使節がうろつくエルメンヒルデ城の中は相変わらず賑々しいが、西の宮に籠もっていればどうということもなかった。ユニカの怪我も全快し、時期を同じく体調不良で休んでいたリータも二日前に復帰しており、ようやく以前の日常が戻ってきたと思える。
 そういうわけで、ユニカは部屋に籠もって刺繍に励んでいた。新年を祝い、神々に捧げる布を作っているのだ。ブレイ村ではタペストリーを織っていたが、都では大きな布に刺繍をする。都の教会堂に納めるならと、ユニカは毎年都風に倣って奉納の布を作っていた。
 デザインを決めて布に下描きをしておこうと思っただけだったのに、連日集中しているとあっという間に作業が進んだ。まだ十一月半ばだというのに、主役の葡萄の絵には糸を入れ終わっている。
(夢中になりすぎたかしら……)
 これでは年の暮れが暇になってしまう。作業もほどほどにしておこう。
 ユニカは大きく伸びをしてから裁縫道具を片付け始めた。
 短剣で刺された傷も、痣は残っているがすっかり癒えた。もう安静にしていなくても大丈夫なので、午後からは身体を動かすことにしよう。舞踊の練習をするのがいい。
 ユニカが舞踊用の扇と靴を出してくるように侍女に頼んだちょうどその時、豪華な化粧箱を抱えたエリュゼが部屋へ戻ってきた。
「お届けものでございます」
「ここに置いて」
 どうせ、いつものように王がおやつを贈ってきたのだろう。そう思ったユニカは机の隅を空ける。
 エリュゼは金細工の美しい臙脂色の箱をそこへ置いて、広げられていたユニカの刺繍に目を遣った。そして思わずといった様子で微かに笑う。
「なに」

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