幕間―1―(3)
声を出して初めて、喉が渇いていると気づいた。ランプはまだ灯っている。その淡い光の中で再びユニカを仰向けに組み敷いたディルクは、ユニカの視線がつと水差しを見たことに気づいたらしい。彼はひとつ微笑んで身体を起こし、まるで子供の世話でもするように水差しから薔薇水を注いでくれた。
ほのかな香りと温んだ感触が心地よく喉を滑り落ちる。ユニカがこくこくと喉を鳴らして渇きを癒しているうちに、ディルクは寝巻きまで肩に羽織らせてくれた。
「陛下は君に謝ってほしいなんて思っていないよ」
そうして彼も水を求めてきた。今度はユニカが空にした杯をいっぱいにして渡してあげる。
ディルクが言うことも分からないではなかった。王はユニカの謝罪など求めていない。彼が、誰に憎まれても王であることが己の使命だと思っている彼が、小娘一人の恨みにも無礼にも頓着するはずなどない。
「謝っても意味がないことは分かっているけど……でも、私は……それでも罰を受けてもおかしくないようなことを陛下に言い続けてきたわ」
そうして傷つけてきた。そんな些細な傷が彼の玉座を揺るがすことなどないと知っていて。自分の罪を償うことにもならないし、喪った悲しさを埋め合わせられることもないと知っていて。
にもかかわらずユニカの願いを聞いて、ディルクのところへ来るのを許してくれたあの人に、何も言わないではいられない。
思い詰めたユニカの独り言に、ディルクは応えなかった。彼は少し考え込んでから黙って薔薇水を飲み干し、杯を置くと、何度でもそうしてきたようにユニカの髪に指を差し入れた。
「陛下は――――」
ディルクの指に絡まり、髪がさらさらと揺れる。そのかすかな気配に掻き消され、ディルクのか細い囁きはうまく聞き取れない。
「え?」
「いや、なんでもない」
ユニカが問い返しても、彼は目を伏せて笑うだけ。いや、笑いながらディルクは指に絡めていた髪に口づけ、それを解くと包むように抱きしめてくる。
「夜が明けるまででいい。今は俺のことだけ考えてくれないか」
切なくなるような声で言われては嫌とは言えない。そして、そうやってユニカの昏い思考を断ち切ってくれたのだと分かるから、なおさら。
ディルクの肩に額を埋めて頷く。抱きしめ返すのに、もうためらいはない。離れられなくなるのが少し恐いだけで、けれどそんな恐れも、今は愛しいと思えた。
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