天槍のユニカ



幕間−1−(1)

幕間−1−


 ユニカが案内されたのは以前にも一度だけ入ったことのある王太子の部屋だった。
「陛下の気が変わらないうちに迎えに行ったから、まだ部屋を用意していないんだ。今晩はここで休んでくれ」
 そう言われては仕方がない。ほかに行くあてもないユニカとしては頷くだけだ。
 間もなく二人分の軽い夕食が運ばれてきて、それを食べるとディルクはまたどこへやら出掛けていった。城内にはいるそうだが、遅くなるかもしれないとか。
 さて、身の回りのものはほとんどエルツェ家の屋敷にある。それほどの急さで連れてこられたユニカの手許には暇を潰せる裁縫道具も本もなく、することがないので早々に寝巻きに着替えた。侍女たちもさがってしまえばいよいよ暇で気も緩む。
 少し迷ったが、今日はここで休むようにと言われたので王太子殿下の寝台に遠慮しながらよじ登った。
 ころ、と上半身を横たえれば昨晩まで使っていたシーツとは違う匂いがした。他人の――ディルクの匂い。よく知っている匂い、再び触れることが出来た体温、耳朶を撫でる熱っぽく掠れた声。
 思い起こすものはどれもユニカを安心させ、またうっとりもさせる。
 早く戻ってこないだろうか。話しておきたいことがある――。
 そんなことを考えているうちにうとうとしていたらしい。不意に間近なところで人が忍び笑う声が聞こえてはっと目を開ける。
「待たせたのは悪かったけど、そりゃないんじゃないか」
 寝台の縁にすっかり寝支度を終えたディルクが腰掛けていた。窓にはカーテンが引かれ、灯りは寝台のそばに置かれたランプの灯り一つ。結構な時間眠っていて、いつの間にか夜が更けたらしい。
「お帰りなさい……!」
 ユニカは起き上がり、持ち主を差し置いて寝台に転がっていたことを思い出して慌てて席を移そうとした。しかし、ディルクは当然のこととしてそれを阻む。そうしてユニカの髪にするすると指を絡め梳った。寝乱れた髪を整えるためではなく、多分感触を楽しむために。
「半月ぶりに会えて、話したいこともしたいことも色々とあったんだけどな」
「話なら、私も――」
 ディルクの指の動きを気にしながら言いさしたユニカの視界を影が覆った。次いで唇に感じた温かい感触に、ディルクが話したいこと≠謔閾したいこと≠優先したのだと分かった。
「エルツェ家の屋敷へ行ったと聞いた時は心臓が止まるかと思った。でも、来てくれて嬉しい」
 ユニカの様子を確かめるような優しいだけの口づけがしばらく続き、絹のシーツの上で握りしめていた手にディルクの手が重なってくる。
「君にお礼を言わなきゃならない」
「お礼?」

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