砂の城(1)
第12話 砂の城
王太子領の視察と行軍訓練の報告を携えて訪ねた時、王は一人だった。
会見に指定された場所は執務室ではなく、王の居住空間である北の宮の一室。開け放たれた窓辺では、王城を戴く丘を吹き過ぎる風が束の間立ち寄ったとでも言うようにカーテンを揺らし、ついでに薔薇の香りを運んでいた。あたりに溶け出しそうなほど鮮やかで濃厚な薔薇の色はどれも赤ばかり。いずれも小ぶりな花の古典種に見えた。
継父の趣味ではないだろうなとディルクは思った。薔薇の茂みは血をまき散らしたようにも見えたからだ。ただ、そんな花が見える場所で話をしたいくらいには剣呑な気分らしい。
王は視線一つでディルクに椅子をすすめた。
「王太子領の様子はいかがであった」
「田舎だと思っていましたが思いのほか栄えていました。山地からの水が豊富で街道の整備も行き届いていたため、人の往来も盛んです。よい土地ですね。道の管理にはこのままよく気を配るようにと命じてきましたが、常備軍に関しては、私の基準では軍とは呼べない状態です。演習でそのことがはっきりしたのですが……これに関しては指揮官の顔ぶれを刷新し早急に立て直しを図らねばなりません。そのための人事について陛下や近衛隊長にご相談させていただきたいと思っております。それから、演習が形骸化することを防ぐためにも、次回からは戦闘訓練も盛り込むことを考えております」
「順に聞こう」
王はディルクの向かいに座り、目も合わさずにそう言った。
さて、いつユニカのことに触れるか。
それについてはどちらが先制するか、話の中での駆け引きになりそうだとディルクは思った。
* * *
「君はいったいいつになったらお城へ戻る気だね?」
エルツェ家に滞在を始めて三日目。朝食の片付けが済まないうちから何度目になるか分からない同じ質問を公爵に投げかけられ、ユニカはげんなりと肩を落とした。
いつになるかなんてユニカには分からない。もしかしたらもう戻れないかも知れない――いくらディルクが「迎えに行く」と言ってくれていても。
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