天槍のユニカ



願いごと(6)

「いや、行ってやってくれ。エイルリヒが喜ぶ」
 言葉とは裏腹に、ディルクの声色は一つも弟が喜ぶことを望んでいるふうには聞こえなかった。
 ユニカもどう答えてよいか分からずに押し黙る。目が慣れてきてさっきよりずっとはっきりとディルクの姿が見えているのに、暗がりの中に取り残されたような気がしてきてしまう。
 思わずディルクの方へ一歩近寄ると、彼はユニカの不安げな表情に気がついて苦笑した。
「すまない。こんな顔でそう言ってもだめだな」
「本当に行かない方がいいならお断りしてもいいわ。色々とご縁はあるけどエイルリヒ様とは特別親しくなったわけではないから、あなたにお祝いの品を届けて貰うのでも十分だと思うし」
 ディルクは黙って首を振った。それは「行かない」という選択肢を否定する意味だったのか。
 彼はそのままユニカを抱き寄せ、額に鼻先をすり寄せてきた。落ち込んでいる子供が甘えるような仕草に戸惑いつつも、ユニカはディルクの背中へ遠慮がちに手を添えて、これまた遠慮がちにそっと撫でてあげた。
 何があったのかは分からないが、彼が落ち込んでいることは間違いない。理由が話せないというならそれでもいい。何も話さないユニカの傍にしつこいほど寄り添ってくれたのはディルクだった。
 彼に包まれて涙を流しただけでも自分は少しずつ楽になれたのだから、今度は、私が。

  
 ユニカの手が背中に回されたのを感じて、ディルクは一瞬息を止めた。
 ユニカがまとう不思議な香りと温かさだけでも、十分にディルクを落ち着かせてくれるというのに。触れるか否かという控えめな手つきで撫でられると胸に詰まっていたものが溶けるような気がした。
 しかし、エイルリヒがなぜユニカを公国に呼び寄せようとしているのかは明かせない。今になってユニカが罪を告白できずにいた苦い痛みを、本当の意味で理解することになっているのもおかしな話だ。
 そもそも、こんなふうになる予定ではなかった。シヴィロへ来たばかりの自分なら、ユニカをウゼロに連れて行くことになったとしてもなんのためらいも感じなかったはずだ。

- 1130 -


[しおりをはさむ]