天槍のユニカ



愛しさの代償(14)

 着替え中に開けるなと言おうと思ったが間に合わず、お茶を届けに来たアンネ――ではなく、ユニカと視線がかち合った。彼女は目を点にするだけだったが、お茶を運ぶために同行していたと思しきディディエンが半歩後ろで悲鳴をあげる。
「あれ?」
 ルウェルが首を傾げると、我に返ったユニカの首から上もみるみる赤くなっていった。
「ご、ごめんなさい、お茶を、でも、あの、扉が開いたから入ってもいいのだと思って」
 まったく正しいユニカの言い分を聞きながら、ディルクは黙って扉に背を向けた。別に何も減らないが、こんな形で女性に悲鳴をあげられるのは甚だ不本意である。
 もはや慌てても仕方がないので、肌の水気を拭き、クリスティアンが肩にかけてくれた新しいシャツに袖を通してから何事もなかったかのように振り返るしかない。
「お茶をありがとう、ユニカ。着替えてから挨拶に行こうと思ってたんだが……」
「あ、雨で、大変だったわね」
 ユニカの中では何事もなかったわけにはいかないらしく、ディディエン共々顔を上げてくれない。ディルクは自分でお茶を注ぎ幸せそうに温かいカップを抱えているルウェルをじっとりと睨みつける。再会の喜びをどう伝えようかと色々考えていたのが、お前のせいで台無しだ。
 ところが、ディルクの視線の意味は違ったふうにルウェルに伝わったらしく、彼はカップを持ったまましたり顔で頷き返してくるではないか。
「ディディ、俺、腹も減ったわ。アンネのところに食いものも貰いに行こうぜ」
 そうして不自然なことこの上ない理由をつけて侍女を促し、部屋を出て行く。クリスティアンも濡れた服をまとめると続いて立ち去ってしまったので、かえって気まずいまま、部屋にはディルクとユニカだけが残された。
 ルウェルの過ちはあとでよくよく正してやるとして、二人きりになれた事実までは無駄にすることはないか。ディルクはそう思い直した。
「俺もお茶を貰えるかな」
 よい香りをくゆらせるティーセットに近づくと、ワゴンの上にはしっかり焼き菓子も載っていた。ルウェルが出ていくために考えた口実がいかに適当だったか分かるし、これではディディエンもユニカもそのことに気づいているだろう。なんて間抜けなんだ。
「ええ、もちろん……ジャムは入れる? この間みんなで作ったの、苺のジャムよ」
 そのせいで二人きりにされた≠フだとも気づいているらしいユニカの様子も、ややぎこちない。ただ、ちょっと警戒しつつも逃げていかなくなったのは大きな進歩であるし、縮まった距離感が十日やそこらでなかったことにはならないらしい。そのことに安堵しながら、ディルクは頷いた。

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