愛しさの代償(13)
雫で玄関を汚さないようにと気を遣った彼らが裏口から入ってきたりするものだから、ユニカ達はアンネが呼びに来てくれるまでディルクの帰着に気づかなかった。
「ずぶ濡れになっていらしたから少しお身体を拭いて差し上げて。着替えのためにお部屋へ戻られましたよ」
ディルクに届ける蒸留酒(ブランデー)入りのお茶を用意したとアンネが言うので、ユニカはその一式を載せたワゴンを押しているディディエンと一緒にディルクの部屋へ向かった。
「ぶぇっくしょい! あ、やば」
ルウェルはディルクに手渡すはずだった手拭いでくしゃみを受け止めてしまい、きょとんとする。代わりに、クリスティアンが新しい手拭いをディルクの頭の上に載せた。それは彼が使うはずだったもので、自分の分をディルクに回したクリスティアンはすかさずルウェルが肩に引っかけていた未使用の手拭いを奪い取る。
一件落着。三人はそれぞれ濡れた髪を拭くことが出来た。
「さぶ。夏だろ、どうなってるんだよ」
「標高が高いからな。日も暮れてきたし」
ディルクは端の曇った窓硝子の外を覗う。夕空を映した青い鏡のような湖面が立ちこめ始めた乳白色の霧に覆われていく様は幻想的だが、日没前に到着できてほっとしてもいた。日が暮れて霧にまかれでもしたら、いくら知った道でも森の中は危険だ。
「俺、風邪引きそう」
「ばかは風邪を引かないだろう」
「なんだって? クリス、よく聞こえなかったからもっぺん言ってみろ」
「ディルク様、濡れたお召しものをこちらへ」
ルウェルを相手にする気もないクリスティアンに上着を渡す。そのクリスティアンも村の教会堂までディルクを出迎えに来ていたので、領主館までの道のりで一緒に雨に打たれてしまっていた。本当に冷たい雨だったので、夏だからと油断したらルウェルも含めみんなで風邪を引きそうだ。
アンネが用意すると言っていた熱い飲みものを楽しみにしつつ、湿ってひんやりしていたシャツも脱いだ――ところで、ドアを叩く音が聞こえた。
「おー、来た来た!」
お茶に蒸留酒(ブランデー)をたっぷり入れてきますよ、と言われていたので、ディルクと同じく楽しみにしていたルウェルが嬉々として扉を開けに行ってしまう。
- 1119 -
[しおりをはさむ]