天槍のユニカ



愛しさの代償(11)

 雨はやんだり降ったりを繰り返している。小雨だが、降り続けば足場も悪くなるだろう。夕方までこんな感じかしら。
「ふふ、ユニカったら、ディルクがちゃんと帰って来られるか心配で仕方ないみたいね」
 今まさに心の中で呟こうとしていたことを言い当てられて、耳朶が熱くなるのを自覚しながら思わずレオノーレを睨めつける。
「それに今日は心なしかおしゃれだわ」
「縫いものをしてると横髪が邪魔になるから、結って貰っただけよ」
「ディルクから貰った髪飾り、持ってきてたのねぇ」
「私が荷物に入れたんじゃないわ」
「分かってる分かってる、伯爵かディディが入れたんでしょ」
 レオノーレは怠そうに笑い、自分で話を振ってきたくせにユニカから逃げるように寝返りを打ってこちらに背を向けた。
 一方、ユニカの頼みに応じて髪を結い、ディルクから贈られた矢車菊の簪と本物の矢車菊をしれっと飾ったエリュゼはというと、ちらりとユニカを見ただけで刺繍に戻った。
 その無言の様子は「ソワソワしているユニカを放っておいてあげよう」と言わんばかりである。何も言って貰えないと、こちらもエリュゼが勝手におしゃれにしただけだと反論できない。
 しかしまぁ、いつもなら余計なものはつけなくていいと言うところ。されるがままを選んだのはユニカだし、そうしたのはこの飾りをつけていた方がディルクが喜ぶかなと、ちらっと思ってしまったからだ。
 とはいえこの雨。出ていった時のように馬が軽快に駆けられる天気ではないから、ディルクの到着は遅れるかも知れないと薄々感じていた。
 雨模様の薄暗さと一緒に気分が沈みかけるので、針を動かしながら別のことを考える。
 例えばエイルリヒから届いた手紙と招待状のこと――あまりにも驚いたのでエリュゼやレオノーレにも見せていないのだが、ディルクは知っているのだろうか。
 手紙は以前にシヴィロで世話になったことの礼から始まり、ウゼロで元気にやっていること、そしてどこから情報を得たのか、エルツェ家の姫君として公の場に出られるようになったユニカを自分の立儲の礼に招待すると書いてあった。
 エイルリヒの立儲礼ということは、もちろん大公の城で行われる。つまりユニカが公国に脚を運ばねばならないということだ。
 今回の旅行、もとい領地の訪問だってずいぶん大がかりな旅なのに、国境を越えるとなるともっと大変そうだ。ユニカ一人では決められなかったし、これは本気の招待なのか、それとも恩人に一応声をかけるという形式をとっただけなのか、ディルクに弟君の真意を訊いてみたかった。

- 1117 -


[しおりをはさむ]