春を知る君(2)
まだ目がちかちかしていたけれど、ディルクに導かれて席へ向かう。篝火の明るさに慣れてくると、ご馳走が並んだテーブルの間を埋めるほどの村人が集まっているのがわかった。
「領主様、ようこそ、妖精の涙の村、ゼートレーネへ」
人混みを掻き分けて庭園の中央へ進み出で、高らかに言ったのは村長のゲルルフだ。彼の声に応え、村人達は再び歓声を上げた。手を振ってそれを鎮めるゲルルフの表情はいかにもこれから大変重要なことが始まると言うようにかしこまっており、どこか役者めいた大きな身振りは少し滑稽でもあった。
思わず隣にいたエリュゼと顔を見合わせて笑うユニカの注意を咳払いで引くと、彼は朗々とよく響く声で言った。
「お庭をお借りしての宴で恐縮ですが、今宵は我々のささやかなもてなしをどうぞお受け取りください。ユニカ様が、在りし日の王妃様のようにこのゼートレーネを愛してくださいますように。そしてこの村が、ユニカ様にとって安らげる土地となりますように。我ら領民一同――」
「長い口上はいらん! とにかく乾杯だ!」
ところが、ゲルルフの言葉は誰かの叫び声に遮られた。そうだそうだ、といつくもの声が続く。村長は声の主達を叱りつけたが、一方で慌てて夫人のアンネに合図を送った。
すると、ユニカの前にも酒杯が運ばれてきた。そう長いこと浮かれた村人を待たせることは出来ないようだ。
「では、領主様のご多幸とゼートレーネの平安を願って、」
「乾杯!」と、最後の音頭を掠っていったのはやはりほかの村人だった。悔しげに歯ぎしりしたゲルルフはユニカに苦笑いを向けて宴の中に呑まれていった。
わいわい騒ぎながら料理に群がる村人を眺めていると、掲げる暇もなかったユニカの杯に隣から別の杯がこつんとぶつけられた。
「主役は君のはずなんだが」
ディルクは呆れたように肩をすくめて見せるが、本音はただ面白がっているだけだろう。しかし、ユニカも同感だったので別に構わない。
「みんなが楽しいのなら、いいと思うわ」
「そうだな」
はしゃぐ村人達は、それでもユニカのことを忘れているわけではなかった。そう分かったのは彼らが皿に山盛りの料理を競って運んできてくれたからだった。
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