現代パロディC
ほかのキャラも続々登場させたいヾ(*・∀・)/ 今回は嵐のような彼女です。
前回のお話はこちらです。
誰の声とも判別できない無数の言葉がさざめく中、ユニカは溜息をつきながらメニュー表の端を握りしめた。
食べたいものはとっくに決まっていたけれど注文口まではまだ遠い。まさかこんなに混んでいるなんて。
ほかの店を探そうか……と思い切るには少々遅いくらい列に並んでしまったので、ユニカはやっぱりメニュー表をぱたぱたともてあそんで暇をつぶすしかなかった。
休日の繁華街が混んでいることは分かっていたけれど、待ちに待った本の発売日、そしてキルルの予定も空いていたから、午後から待ち合わせをして買い物をしようという話になっている。
目当ての本は入手できたけれど、時間つぶしに入ったチェーンのカフェの選択は間違いだった。むしろ午後から出てくればよかったのだ。でも、キルルは本屋に入り浸るのが好きではないからつき合ってくれなかっただろうし……。
店内はコーヒーと軽食を求める人でいっぱいだったが、回転は速いので席はなんとか確保できそう。
ふう、と列に並んでから何度目かの溜息をつき顔を上げると、自分の前の客が数歩先へ進んでいることに気がついた。いけない、いけない、ぼうっとしてしまった……。
ユニカがその隙間を埋めようと一歩前へ進んだ時、脇から二人連れの少年達がすっと入り込んできた。どうやらここを列の最後尾と勘違いしてしまったらしい。
(あ……う……)
「並んでます」という一言。――が出てこない。ユニカは口を開きかけたが、やめる。
少年二人はユニカより年下……中学生くらいに見えるが、スポーツでもやっているのか身体つきは立派で背も高かった。が、スマートフォンを見ながらはしゃぐ顔つきはぜんぜん子ども。
(まぁ、いっか……ひと組くらい……私がぼーっとしてたからだし……)
悪気のあるなしに関わらず言えなかったであろうことはおいておいて、ユニカは手持ち無沙汰な自分を慰めるためにスマートフォンを取り出した。あ、クレスツェンツ先生からメッセージがきてる。
その通知をタップした時、
「ちょっと、列の端はもっと後ろよ」
刺々しさを隠さない女の声が響いて、ユニカは身体を強張らせた。
結構遠慮のない声だったので、その声は客達の間に響き渡った。みんなの視線がユニカの方へ集まる。いや、正確にはユニカの後ろの女に。
腕を組み、不快感をあらわに立っているその女は、注目の的になっても怖じけた様子一つなく堂々としていた。
背中に流れている髪は無造作なようでしっかりと手入れされていて、その赤っけの強い髪がトップスから出た肩にかかっているのも、すっと長い脚の形を見せつけるような細身のパンツも、小さなショルダーバッグと同じ色の白いハイヒールも、すべてが無駄なくかっこよくキまっているお姉さん。
「割り込まないでちゃんと並んでよね」
周囲の誰もが息を呑む。彼女に睨まれた少年達は言わずもがな。
「す、すみません」
ほんのわずかな沈黙が通り過ぎたあと、少年達はちょっと気の毒なくらいに縮こまりながらユニカの前を退いた。
周りの客達は立ち退く少年達とつんと顎を反らす女にちらちらと好奇の目を向けていたが、当の彼女は気にしていない。
すごいお姉さんだ……。そう思って彼女の様子を確かめてしまったが最後、ぱちりと目が合ってしまう。それもそのはず、相手はユニカのことも睨んでいたらしいのだ。
「あなたも割り込まれないようにしっかり並んでて」
「っは、はい……」
ごもっともな言葉だったので、ユニカは頷くしかなかった。
しかしちょっとショックだ。知らない人に怒られてしまった……。
* * *
紅茶とサンドイッチを注文してどうにか見つけた席に腰を落ち着けるユニカだったが、周りの喧噪も相まって、ほっと一息つくことは出来なかった。
買ったばかりの本を広げてもゆっくり物語の世界観に浸るにはほど遠い環境に屈し、早々に鞄にしまい直す。
客の列も相変わらず途切れていないし、早めに食べて席を譲ろう。そう思ってサンドイッチを一口かじった時だ。
「ねえ、席がないから相席してもいい?」
突然降ってきた声に驚き顔をあげると、さっきのかっこいい(でも怖い)お姉さんがトレーを保って立っていた。のは一瞬だけで、彼女はさっさと丸いテーブルの向かいの椅子に座ってしまった。
「あーお腹空いたっ。たまには一人でこういうカフェも良いかと思ったけどとんだ誤算だわ! 庶民が遊びに行く場所ってほかにないのかしらってくらい人間がいるわね」
ユニカがぱちくりと瞬く間に、お姉さんは大きなマグに入ったコーヒーをすすり、フォークの先を包んでいた紙ナプキンを破り捨てて、湯気の立つスパゲティにがっつりとその先を突き立てる。
「何?」
なに、って。この状況が「何?」だ。
しかしユニカはサンドイッチの端をくわえたまま首を横に振ることしか出来なかった。
お姉さんはフォークだけで器用にパスタと具を巻き取り、豪快なようでちゃんときれいにそれを食べ始める。トレーの上にはスパゲティのほかに生クリームを添えたスコーンが二つある。
たくさん食べるんだなあ……驚きすぎてどうでもよいところに目がいってしまうユニカだ。
突然の相席(未了承)では話すこともなく、ユニカもお姉さんも、しばらく黙々とそれぞれの食事を続ける。
なんて気まずい……おかげでサンドイッチの味がひとつも分からない。
「ねえ、あなた中学生?」
「はい?」
味のしないパンを流し込むために紅茶を飲んでいたユニカは唐突な問いに声を上擦らせた。
「だ、大学生です……」
「ふーん、まあそうよね。中学生にしちゃうらやましいくらい発育がいいし……でも今時の高校生はもっと化粧っけがあるはずだし、よく分かんなかったわ」
(発育!?)
お姉さんの視線が遠慮なく胸元に向けられたのを見て、ユニカは思わず自分の身体を隠すように抱きしめる。
そしてまたもやショックを受けた。お化粧はちゃんとしている! クレスツェンツ先生に必ずしなさいと言われて、面倒でもちゃんとファンデーションを塗って唇に色もつけている……!
でも、向かいに座るお姉さんの装いからすると、ユニカは何もしていないに等しいのだろう。お姉さんのまつげはくりんと上を向いているし、頬や肩には動くたびにらきらするラメが散っていて、正面から見るとシャープな印象の顔立ちだったが唇だけはぽってりとしたチェリーピンク。その色がとても目を引くし女の子らしい。その手のことに疎いユニカが見たって、完璧な武装であるのが分かる。
「じゃあ、どこの大学? 何回生?」
お姉さんはトマトソースの絡んだパスタをチェリーピンクの唇の奥に押しやりながら、吊り気味の大きな目を輝かせてユニカを見つめてきた。
「○○大学の一回生です」
「○○! そうなの、そこね、あたしの兄が通っているのよ。ああ、あたしは□□女子の三回生なんだけど」
はあ、と相槌を打つユニカをよそに、お姉さんは自分のスマートフォンを取り出してぱたぱたと画面を叩き始めた。
「大学のオケでヴァイオリンを弾いてるの。知らない?」
「えーと……」
オケ部と呼ばれる音楽サークルがあるのは知っていたけれど、上級生や他学科の知り合いといえばエリュゼくらいのユニカに「ヴァイオリンを弾いてる」だけでは誰のことか分かるはずもない。
「この顔よ、この顔! イケメンでしょ!」
明るい液晶画面には、きれいな金髪の青年の顔が映っていた。斜め前からこっそり撮ったような角度だ。証拠に、青年は無防備にカメラとは違う方向を向いている。
多分イケメン……だが、ユニカはその手のことにも疎い。そしてやはり知らない顔だった。
ユニカがなんともいえない渋い顔をするので、もっと黄色い声が聞こえてくることを想像していたのか、お姉さんはすこぶる不機嫌な顔になった。
「ほんとに知らないの?」
「すみません……」
「ふーん、ディルクはもっと有名人だと思ってたわ。じゃあ今度学校で探してみてよ。ヴァイオリンを担いでるんるん歩いてるのが目印よ。あ、この写メもあげる。メールアドレス教えて」
「えっ、えっ」
「あっ、この紙に書いて。うーんと、ペン……」
「あります……」
「ああそう、それじゃよろしく」
紙ナプキンを差し出され、ついそう応えてから「しまった」と思っても遅い。
結局大人しくメールアドレスを献上することになったユニカの許には、すぐにくだんのイケメンの写真が送られてきた。別にいらない……。
「あたしの名前、レオね。ほんとはレオノーレだけど、長いからレオでいいわ。あなたは?」
「ゆ、ユニカと申します……」
「ユユニカね。登録しておくわ」
ユユニカじゃなくてユニカなんだけどー……どもった自分を呪うばかりで訂正できない本人をよそに、お姉さん、もといレオノーレはすっかり満足したようだった。
残りのスパゲティを豪快かつきれいに食べきり、スコーンもコーヒーで呑むようにお腹へ収めると、さっと空の食器をまとめて席を立つ。
「じゃあ、ディルクのこと探してみてね」
「はあ、」
気のない返事をしながら、ユニカは去りゆくレオノーレを呆然と見送った。
何だったのだろう、今のは。手許に残ったイケメンの顔を眺め、ユニカは眉を顰める。
「ユニカ」
店の窓越しに偶然ユニカを見つけ、このあと合流するはずだったキルルが店内へ入ってきたのはレオが店を出て行くのとほぼ同時だった。
「なんだ、友達と一緒だったの」
「ううん、知らない人」
「は? スマホ見てしゃべってるからてっきり……」
「うーん……」
ユニカは相変わらず渋い顔をしながらキルルにことの顛末を話した。怒られ、相席し、連絡先を交換してイケメンの写真を貰ったという話を。
「あんたばかじゃないの? 知らない人とアドレス交換するなんて」
「やっぱりまずいかな……」
「明日から迷惑メールが山ほど来るんじゃないの。早めに変えちゃいなさい」
んんん、と唸るユニカの手許を見遣り、キルルはおやっと思った。
画面にちらりと見えたイケメンは……理事長の、ひいてはクレスツェンツの甥っ子。つい最近も顔を見た気がするが、どうして見たのか思い出せない。でも定期演奏会も近いから、事務手続きをしに教務課へきていたのかも……。
一方、先ほど届いていたクレスツェンツからのメッセージを読んでいなかったことを思い出したユニカは、イケメンの画像を閉じてSNSの画面を開くのだった。
(レオはディルクさんのことが大好きだからみんなに自慢しちゃうよ!!)
20161211
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ほかのキャラも続々登場させたいヾ(*・∀・)/ 今回は嵐のような彼女です。
前回のお話はこちらです。
誰の声とも判別できない無数の言葉がさざめく中、ユニカは溜息をつきながらメニュー表の端を握りしめた。
食べたいものはとっくに決まっていたけれど注文口まではまだ遠い。まさかこんなに混んでいるなんて。
ほかの店を探そうか……と思い切るには少々遅いくらい列に並んでしまったので、ユニカはやっぱりメニュー表をぱたぱたともてあそんで暇をつぶすしかなかった。
休日の繁華街が混んでいることは分かっていたけれど、待ちに待った本の発売日、そしてキルルの予定も空いていたから、午後から待ち合わせをして買い物をしようという話になっている。
目当ての本は入手できたけれど、時間つぶしに入ったチェーンのカフェの選択は間違いだった。むしろ午後から出てくればよかったのだ。でも、キルルは本屋に入り浸るのが好きではないからつき合ってくれなかっただろうし……。
店内はコーヒーと軽食を求める人でいっぱいだったが、回転は速いので席はなんとか確保できそう。
ふう、と列に並んでから何度目かの溜息をつき顔を上げると、自分の前の客が数歩先へ進んでいることに気がついた。いけない、いけない、ぼうっとしてしまった……。
ユニカがその隙間を埋めようと一歩前へ進んだ時、脇から二人連れの少年達がすっと入り込んできた。どうやらここを列の最後尾と勘違いしてしまったらしい。
(あ……う……)
「並んでます」という一言。――が出てこない。ユニカは口を開きかけたが、やめる。
少年二人はユニカより年下……中学生くらいに見えるが、スポーツでもやっているのか身体つきは立派で背も高かった。が、スマートフォンを見ながらはしゃぐ顔つきはぜんぜん子ども。
(まぁ、いっか……ひと組くらい……私がぼーっとしてたからだし……)
悪気のあるなしに関わらず言えなかったであろうことはおいておいて、ユニカは手持ち無沙汰な自分を慰めるためにスマートフォンを取り出した。あ、クレスツェンツ先生からメッセージがきてる。
その通知をタップした時、
「ちょっと、列の端はもっと後ろよ」
刺々しさを隠さない女の声が響いて、ユニカは身体を強張らせた。
結構遠慮のない声だったので、その声は客達の間に響き渡った。みんなの視線がユニカの方へ集まる。いや、正確にはユニカの後ろの女に。
腕を組み、不快感をあらわに立っているその女は、注目の的になっても怖じけた様子一つなく堂々としていた。
背中に流れている髪は無造作なようでしっかりと手入れされていて、その赤っけの強い髪がトップスから出た肩にかかっているのも、すっと長い脚の形を見せつけるような細身のパンツも、小さなショルダーバッグと同じ色の白いハイヒールも、すべてが無駄なくかっこよくキまっているお姉さん。
「割り込まないでちゃんと並んでよね」
周囲の誰もが息を呑む。彼女に睨まれた少年達は言わずもがな。
「す、すみません」
ほんのわずかな沈黙が通り過ぎたあと、少年達はちょっと気の毒なくらいに縮こまりながらユニカの前を退いた。
周りの客達は立ち退く少年達とつんと顎を反らす女にちらちらと好奇の目を向けていたが、当の彼女は気にしていない。
すごいお姉さんだ……。そう思って彼女の様子を確かめてしまったが最後、ぱちりと目が合ってしまう。それもそのはず、相手はユニカのことも睨んでいたらしいのだ。
「あなたも割り込まれないようにしっかり並んでて」
「っは、はい……」
ごもっともな言葉だったので、ユニカは頷くしかなかった。
しかしちょっとショックだ。知らない人に怒られてしまった……。
* * *
紅茶とサンドイッチを注文してどうにか見つけた席に腰を落ち着けるユニカだったが、周りの喧噪も相まって、ほっと一息つくことは出来なかった。
買ったばかりの本を広げてもゆっくり物語の世界観に浸るにはほど遠い環境に屈し、早々に鞄にしまい直す。
客の列も相変わらず途切れていないし、早めに食べて席を譲ろう。そう思ってサンドイッチを一口かじった時だ。
「ねえ、席がないから相席してもいい?」
突然降ってきた声に驚き顔をあげると、さっきのかっこいい(でも怖い)お姉さんがトレーを保って立っていた。のは一瞬だけで、彼女はさっさと丸いテーブルの向かいの椅子に座ってしまった。
「あーお腹空いたっ。たまには一人でこういうカフェも良いかと思ったけどとんだ誤算だわ! 庶民が遊びに行く場所ってほかにないのかしらってくらい人間がいるわね」
ユニカがぱちくりと瞬く間に、お姉さんは大きなマグに入ったコーヒーをすすり、フォークの先を包んでいた紙ナプキンを破り捨てて、湯気の立つスパゲティにがっつりとその先を突き立てる。
「何?」
なに、って。この状況が「何?」だ。
しかしユニカはサンドイッチの端をくわえたまま首を横に振ることしか出来なかった。
お姉さんはフォークだけで器用にパスタと具を巻き取り、豪快なようでちゃんときれいにそれを食べ始める。トレーの上にはスパゲティのほかに生クリームを添えたスコーンが二つある。
たくさん食べるんだなあ……驚きすぎてどうでもよいところに目がいってしまうユニカだ。
突然の相席(未了承)では話すこともなく、ユニカもお姉さんも、しばらく黙々とそれぞれの食事を続ける。
なんて気まずい……おかげでサンドイッチの味がひとつも分からない。
「ねえ、あなた中学生?」
「はい?」
味のしないパンを流し込むために紅茶を飲んでいたユニカは唐突な問いに声を上擦らせた。
「だ、大学生です……」
「ふーん、まあそうよね。中学生にしちゃうらやましいくらい発育がいいし……でも今時の高校生はもっと化粧っけがあるはずだし、よく分かんなかったわ」
(発育!?)
お姉さんの視線が遠慮なく胸元に向けられたのを見て、ユニカは思わず自分の身体を隠すように抱きしめる。
そしてまたもやショックを受けた。お化粧はちゃんとしている! クレスツェンツ先生に必ずしなさいと言われて、面倒でもちゃんとファンデーションを塗って唇に色もつけている……!
でも、向かいに座るお姉さんの装いからすると、ユニカは何もしていないに等しいのだろう。お姉さんのまつげはくりんと上を向いているし、頬や肩には動くたびにらきらするラメが散っていて、正面から見るとシャープな印象の顔立ちだったが唇だけはぽってりとしたチェリーピンク。その色がとても目を引くし女の子らしい。その手のことに疎いユニカが見たって、完璧な武装であるのが分かる。
「じゃあ、どこの大学? 何回生?」
お姉さんはトマトソースの絡んだパスタをチェリーピンクの唇の奥に押しやりながら、吊り気味の大きな目を輝かせてユニカを見つめてきた。
「○○大学の一回生です」
「○○! そうなの、そこね、あたしの兄が通っているのよ。ああ、あたしは□□女子の三回生なんだけど」
はあ、と相槌を打つユニカをよそに、お姉さんは自分のスマートフォンを取り出してぱたぱたと画面を叩き始めた。
「大学のオケでヴァイオリンを弾いてるの。知らない?」
「えーと……」
オケ部と呼ばれる音楽サークルがあるのは知っていたけれど、上級生や他学科の知り合いといえばエリュゼくらいのユニカに「ヴァイオリンを弾いてる」だけでは誰のことか分かるはずもない。
「この顔よ、この顔! イケメンでしょ!」
明るい液晶画面には、きれいな金髪の青年の顔が映っていた。斜め前からこっそり撮ったような角度だ。証拠に、青年は無防備にカメラとは違う方向を向いている。
多分イケメン……だが、ユニカはその手のことにも疎い。そしてやはり知らない顔だった。
ユニカがなんともいえない渋い顔をするので、もっと黄色い声が聞こえてくることを想像していたのか、お姉さんはすこぶる不機嫌な顔になった。
「ほんとに知らないの?」
「すみません……」
「ふーん、ディルクはもっと有名人だと思ってたわ。じゃあ今度学校で探してみてよ。ヴァイオリンを担いでるんるん歩いてるのが目印よ。あ、この写メもあげる。メールアドレス教えて」
「えっ、えっ」
「あっ、この紙に書いて。うーんと、ペン……」
「あります……」
「ああそう、それじゃよろしく」
紙ナプキンを差し出され、ついそう応えてから「しまった」と思っても遅い。
結局大人しくメールアドレスを献上することになったユニカの許には、すぐにくだんのイケメンの写真が送られてきた。別にいらない……。
「あたしの名前、レオね。ほんとはレオノーレだけど、長いからレオでいいわ。あなたは?」
「ゆ、ユニカと申します……」
「ユユニカね。登録しておくわ」
ユユニカじゃなくてユニカなんだけどー……どもった自分を呪うばかりで訂正できない本人をよそに、お姉さん、もといレオノーレはすっかり満足したようだった。
残りのスパゲティを豪快かつきれいに食べきり、スコーンもコーヒーで呑むようにお腹へ収めると、さっと空の食器をまとめて席を立つ。
「じゃあ、ディルクのこと探してみてね」
「はあ、」
気のない返事をしながら、ユニカは去りゆくレオノーレを呆然と見送った。
何だったのだろう、今のは。手許に残ったイケメンの顔を眺め、ユニカは眉を顰める。
「ユニカ」
店の窓越しに偶然ユニカを見つけ、このあと合流するはずだったキルルが店内へ入ってきたのはレオが店を出て行くのとほぼ同時だった。
「なんだ、友達と一緒だったの」
「ううん、知らない人」
「は? スマホ見てしゃべってるからてっきり……」
「うーん……」
ユニカは相変わらず渋い顔をしながらキルルにことの顛末を話した。怒られ、相席し、連絡先を交換してイケメンの写真を貰ったという話を。
「あんたばかじゃないの? 知らない人とアドレス交換するなんて」
「やっぱりまずいかな……」
「明日から迷惑メールが山ほど来るんじゃないの。早めに変えちゃいなさい」
んんん、と唸るユニカの手許を見遣り、キルルはおやっと思った。
画面にちらりと見えたイケメンは……理事長の、ひいてはクレスツェンツの甥っ子。つい最近も顔を見た気がするが、どうして見たのか思い出せない。でも定期演奏会も近いから、事務手続きをしに教務課へきていたのかも……。
一方、先ほど届いていたクレスツェンツからのメッセージを読んでいなかったことを思い出したユニカは、イケメンの画像を閉じてSNSの画面を開くのだった。
(レオはディルクさんのことが大好きだからみんなに自慢しちゃうよ!!)
20161211
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