『───…なまえ』


ばたばたと誰かが後ろから走ってくる。それが誰なのかは分かり切っているわけで、私はその声に振り返る事なく帰りの通学路を歩いていた。


「俺一緒に帰ろうって言ったよね!」


後ろから走ってきた人物、天馬はやっと私に追い付くなりはぁはぁと息を切らしながら文句を言う。文句言いたいのは私の方なのに。


「何で先に帰っちゃうんだよ」

『だって先生に呼び出されてたし』


わざと冷たい態度をとれば天馬はムッと眉を寄せる。その顔だって私がしたいよ。だってあの後、天馬は先生に連れて行かれちゃったから知らないかもしれないけど私がどれだけ皆に冷やかされた事か。そう言ってやればむくれていた天馬の表情がころりと変わる。


「冷やかされたの?」

『そうだよ、先輩達からだって』

「ふーん……」


なぜか急に興味津々になって聞いてくる天馬。私何か変な事でも言っただろうか。疑問符を浮かべればそんな私に気付いたのか天馬は意味有りげに笑ってみせた。


『な、なに…』

「んー?いや、別に?」


……別にじゃないでしょ。そう言ってやりたくなるけど天馬の顔、妙に嬉しそうだったから言う気も消失だ。私はため息をついて空を見上げた。まだ明るい空は雲の隙間から太陽の光が差し込んで少し眩しいくらいで、そよそよと吹き込む風と暖かい日差しがすっかり春らしい陽気を運んで来てくれた。また皆で屋上行きたいなぁなんて、ふと心の中で呟いてみた時だった。


「また屋上行きたいね」


その声にふと横を見れば天馬が私と同じように空を見上げて呟いていた。すん、と匂いを嗅ぐように風を受ける天馬を少しの間眺めていたら突然空へ向けられていたはずの視線が私の視線と交差する。それから何かを思い出したように急に鞄の中を探し出す天馬。その様子を見ていればチリン、という鈴の音の後に鞄から見覚えのあるキーホルダーが出てきた。


『あっ、それ…』

「待って」

『え?』


私が朝落として来てしまった物だ。だけど私が受け取ろうと手を出すとそれを待っていたかのようにキーホルダーを取り上げられてしまう。


「これからいくつか質問をします」

『なに、いきなり』


正直に答えてくださいね。なんて言って私の一歩前を歩き始めた天馬に、内心いつもの悪ふざけが始まったんだと思わずにはいられなかった。それでも答えないと返して貰えないんだろう。私は仕方なくも天馬のおふざけに付き合う事にした。


「質問1、あなたが落としたのはくまのキーホルダーですか?うさぎのキーホルダーですか?」

『くまのキーホルダーです』

「質問2、あなたはサッカーが好きですか?」

『え?サッカー…見るのは、好きです』

「見るのだけ?」

『やるのは苦手なの』


前から伸びる影を踏むように天馬の後ろを歩きながら天馬の質問に答えていく。その後も好きな食べ物は何だとか嫌いな教科は何だとか、私に言わせればそんな事今聞かなくてもいいんじゃないかと思うような質問ばかりが続いた。

………もうすぐ別れ道なのにいつまで続くんだろう。止めどなく続く天馬の質問にそんな事を考えていた最中、さっきまで目の前にあった天馬の背中が急に振り向いて思わず足が止まった。


「次の質問」


もう何度も聞いてきたその言葉が急に鮮明に聞こえる。


「あなたは皆から冷やかされた時、どう思いましたか?」

『…え?』

「恥ずかしかった?迷惑だった?嬉しかった?」


今までとは明らかに違う質問。天馬の顔を見ればいつも通り笑っているけどその笑みは返事を催促しかねない雰囲気を漂わせていた。


『それ…は……』


あの時は色んな事言われたり聞かれたりして何て言えばいいのか困ったけど……でも、迷惑だとは思わなかった。それに自分でもよく分からないけどちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、嬉しかったりもした。

上手く説明出来ないながらもそう伝えれば天馬は私の顔を見るなり一瞬驚いた顔をした後で嬉しそうに微笑んだ。それから、「じゃあ」と私の前にキーホルダーを差し出してもう一度。


「最後の質問」


俺はなまえの事が好きです、付き合ってくれますか?








happy ending



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