昇降口。HRを終えた生徒がぞろぞろと下駄箱で靴を履き替えている中、彼だけは目立って見えた。


『フェイ!』


下駄箱に寄りかかっているフェイに声をかければ私を見るなり笑顔を浮かべる、そんなフェイに思わずさっきのような胸の高鳴りが襲ってくる。私は緊張して顔が熱くなっていくのを抑えフェイの隣を歩き始めた。


「桜、綺麗だね」

『そうだね』


皆が使う通学路を避けるようにフェイがリードして歩いている事にはちょっと前から気付いていた。だけどそのおかげで最初はお互い緊張していたのもこんな風に桜の木の下を通りながら話しているうちにだんだんといつもの雰囲気へと戻っていっていた。


『フェイと桜っていい感じ』

「え?何が?」

『色が春っぽくて』

「あはは、何それ」


何気ない会話。そんな会話にお互いの緊張が完全に解けた頃、ふとフェイが立ち止まった。どうしたんだろうとフェイの顔を覗き込もうとすればチリン、と鈴の音。それから私の方を振り返ってうさぎのマスコットのついたキーホルダーを差し出してくる。


『?フェ…』

「全部聞いてくれたら、返すから」

『……っ』


聞いて。まるで自分に葛を入れているようにも聞こえるその声から伝わってくるフェイの緊張に私は声を詰まらせた。

緊迫した空気に吹き込む風。まだ少しひんやりとした春先の風に吹かれ靡いた髪が私の視界を遮ろうとしている。だけどその隙間から見える淡い翡翠の瞳は私から目を逸らす事はなくゆっくりと続ける。


「なまえ、僕は君の事が、」

『ま…待って!』


だけどどうしても私はこの場のもどかしさに耐えられなかった。思わずフェイの視線から逃げるように目を伏せてしまえば、見下ろした視線の先に見えるフェイの靴が一歩、また一歩と私の方に近付いてきたのが分かった。


「僕…いつもなまえの事見てたんだ」

『…そんな…どうしたの急に……』

「だからキーホルダーだってなまえのって一目で分かった」


それからすぐ近くにまで迫ったフェイの足がピタリと止まった。私と二十センチもない、そんな距離にますます息が詰まる。


「……もう、気付いてるだろ?」

『…、っ』


その声に顔を上げればフェイは眉毛を垂れ下げて耳まで真っ赤にしていた。何て顔してるの。思わずそう言ってやりたくなる。だけど言葉が出て来ないのは何でだろう。心臓を握られたような感覚に上手く呼吸すら出来ない。



「なまえ…泣きそうな顔してる」


自分が今どんな顔をしてるのかなんて分からない。だけど、周りから見れば私達二人どちらも変わらない位なのかもしれない。

『……フェイも、でしょ』


喉から絞り出すようにしてやっとそう言えばフェイは小さくおどけてみせる。それからまた風が吹いた。桜の花びらを舞い散らせながら私達の頭上を吹き抜けていく。その桜景色に思わず声を上げる私達。しばらくそんな景色に目を奪われていた後でフェイの方へと視線を戻せば、フェイは私を見て照れくさそうにはにかんでいた。


「好き」









happy ending


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