周りを見渡してみてまだ誰ともペアを組んでいなかったのは貴志部先輩と夜桜先輩と和泉先輩の三人だけ。和泉先輩となら集中して作業出来るだろうと思い切って和泉先輩に声を掛けてみたはいいものの……


『……』

「……」


先輩が無言過ぎて少し、いや、かなり気まずい。そりゃあ先輩は今私の似顔絵を描くのに集中しているわけで口数が減ってしまうのも仕方がないと思うけど、何もしてないでただ描かれているだけの私にはこの沈黙が辛い。

和泉奏秋先輩……聞いた噂だとどこかのお坊ちゃんらしい。その噂が本当なら何でも人並み以上にこなせちゃう事も妙に納得だしこんなに顔が整っている事にも納得だ。お坊ちゃんってずるいよね。あ、まぁ顔は別に関係ないか。なんて、頭の中で下らない事を考えてる時だった。


「なまえ」


今までスケッチブックに集中していた先輩の視線が不意に私に向けられて思わずドキッとする。


「横の髪、耳にかけてもいい?」

『え?』

「ちょっとごめん」


突然の事に驚いた私はその言葉を理解する前に先輩の行動に目が釘付けになってしまう。椅子から立ち上がって私の方に近付いてくる先輩。それから先輩の細いけどごつごつとした指が私の視界の横を通り過ぎる。


『っ』


何が起きたのか一瞬分からなかった、けどハッと我に返った時にはさっきまでと同じように何でもない顔で作業に取り掛かる先輩がいた。


「……どうかした?」


……やっぱりお坊ちゃんはずるいなぁ。改めて思った瞬間だった。




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