ポンポンポンポン。しばらくあたしがハンコを押す音しかしなかった。その心地よかった静かな空間は、ハンコを押すあいだ存在自体忘れてたやつによって壊される。 「おまえさん、ケガの方はどうなんだ」 仕事の片手間。投げかけられた質問に、まだ痛む右足を睨みつけて黙る。 「ま、見るかぎり上半身はもう完治に近いな」 質問に答えない反抗的なあたしの態度に、世話役はもう慣れたらしい。 「……なあ」 その、なあ、に今までの言葉となにか違う空気を感じて手を止め顔をあげる。 「ケガ、治さねェ方がいんじゃねえのか」 いやいや、なんだそれ。ケガとか勝手に治るし。第一ケガ治すまでこうして寝る場所くれてんのはそっちだ。意味がわからない。 「団長に言われたこと、忘れやがったのか」 団長。ああ、面白かったからってだけで、自分で致命傷を負わせたあたしを生かしたっていう、ザ・変人。 アンタがどれくらい強いのか知りたいんだ。 幻聴かと思うくらいリアルに、記憶の奥にいたピンク頭が言う。 「その足が治るまでが、おまえさんの寿命だ」 あっさり言い捨てられた言葉。それを聞いて、思わず吐き出すように小さく笑ってしまう。 「なんで」 「あ?」 「なんでそんな、決めつけてるの」 ここに来て1番の長いセリフを口に出した気がする。 「なんであたしがまた負けるもんだって決めつけてるわけ」 話は終わり。ハンコを持ち直してまたポンポンと音が鳴る。 けれど今度はくつくつという笑い声が耳に届いて、不審に思ってまた顔をあげる。 「ああ、気にすんな」 自分勝手なやつ。そんな意味深な笑い方、気にすんなって方が無茶だ。腑に落ちないあたしの顔を見て、世話役は言う。 「いやなに、オジサンはただ、こんな将来有望な若手の芽を、あンのすっとこどっこいに今潰されんのは少々惜しいと思っただけだ」 なにがおかしいのかまだ笑っている。そしてやっぱりこの男の中であたしは負けること確定らしい。 悔しくなって返す言葉を探していたら、世話役がよいしょと腰をあげた。 「そろそろ、腹減っただろ」 言われてはじめて自分の空腹に気付き、小さく顎をひいた。 |