さすがは夜兎の回復力。目が覚めたら両腕と肩から上は動くようになっていた。上半身だけ起こすことができるようになって視界が広がり分かったことは少なくない。

あたしが寝かされているのは九畳くらいの部屋。小さい机、そしてあたしが今横たわっている布団、トイレとお風呂がついた、ごく普通の部屋だった。拷問部屋みたいなとこだったらどうしようかと、覚悟してから起き上がったあたしにとって、余計なものが一切ないこのシンプルな部屋はある種、拍子抜けだった。

……あ、ちがうちがう。訂正。余計なもんがあったわ。一つだけ。

「そう睨まれると仕事がしにくいんだがね」

……あたしの、世話役だとかいう男。昨日は途中で寝てしまったせいでハッキリ覚えていなかったけれど、あたしの目が覚めたとき「ああ、今日から俺がアンタの世話役だそうだ」とたしかに言ったので、この男で間違いないみたいだ。

それにしてもこの男、世話役とは言っても他に仕事があるらしい。同じ部屋で忙しく机で何かを書いている。やることがあるなら出てって他でやってくれればいいのに。だってものすごく落ち着かない。なんかイヤだ、部屋に誰か他の人がいるの。

「……俺ァ、ずいぶんと嫌われてるみてーだな」

黙っているあたしに投げかけられた言葉。嫌いで当たり前だ、自分を殺しかけたヤツの愉快な仲間たちなんか気に入らないにきまってる。そのときだった。

(!、あたしの、かさ……?)

布団の横、あたしの手を伸ばせば届くそこに、あたしの傘があった。
気がつけばあたしはその傘を握って、机をはさんで向こう側にいる世話役に向かって大きく突いていた。
次いでゴン、という鈍い音。当たった、と思った。ぶつかった感触もあった。

なのに、返ってきたのは喉を震わせて出したような笑い声。

「……ッ!?」

机の前にはさっきと同じ座ったままの体勢で、傘の先を手の平で受けとめる世話役がいた。

「さすがは、団長が拾ってくるだけのことはあるな……とんだ跳ねっ返りだ」

間を置いて、だが、という声が聞こえた。と思ったら握っていた傘は勢いよく抜きとられ、手の平が摩擦で熱くなる。手に気をとられていたら、そのまま傘の握るとこが迫ってきて、目と目の間がガツンと熱くなった。
なななななにがおこった!
遅れてやってきた痛みと一緒に、どさ、と頭から勢いよく布団に倒れこむ。

一瞬で起こったことに面食らって、まぶただけをパチパチと開いたり閉じたり動かしてると、世話役が笑いながらのぞきこんできた。なんだそのドヤ顔、ムカつく……!

「オジサン、手負いのお嬢さんに負ける程ヤワじゃあないぜ」

なにか言い返さなきゃ、そう思ったとき、先に返事をしたのは口ではなく……お腹だった。

ぐー、と空腹を知らせる腹の虫が耳に届いた瞬間死にたくなった。とっさにうつむく。流れる沈黙がイタイ。なっ、なんでこんなときに!
情けなくて泣きそうになっていると、数秒遅れて、ぶっ、と吹き出すのが聞こえ、そのまま大きな笑い声が続く。

「そりゃ、そうだよな。おまえさんここ来てからなんも食ってねーんだしよ」

笑い続けたままの世話役は、そう言って部屋を出た。そして一人残されたあたしが、思い出したように襲ってきた空腹感と戦っていると世話役が戻ってきた。お釜に山盛りのご飯を持って。

「ほらよ、飯の時間だ」

トン、と置かれたごはんは、もう本当においしそうでキラキラ輝いていた。ただ、ここでこんなよくわからん人から与えられたものを食べていいものか、という迷いがあたしをごはんから遠ざける。

「食わねェのかい?」

ぐ、と唇を噛む。食べたいに決まってる。だけど、だけど。もしこれになんか毒でも盛られてたら?

「あのなァ、別に毒なんざ入れねーよ」

あたしの考えを見透かしたみたいに、ほらみろ、と世話役がご飯を一口食べた。それでも手を伸ばすことができないあたしにため息と、そして正論が向けられた。

「だいたいどうせ殺すなら、さっき殺してたろ」

それもそうだ。そう思ったあたしは、食わねーなら下げるからなとお釜を掴んだ世話役からごはんを奪いとる。

「いただきます、くれえは言えるだろ?」
「…いただきます」


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