「ぎゃーっ!バカ阿伏兎おおお!!」

バン!と机を叩けば振動でお皿が鳴った。だけど今は構ってられない。いきおいよく叫んだものの、もうおにぎりは阿伏兎の口の中だった。

「ラ…ラスト明太子だったのにいいい!!」

阿伏兎はもぐもぐしたままニイッと笑った後でごくんとマイスイート明太子おにぎりを飲みこんだ。

「そう睨んでくれるなよ」

やれやれとこれみよがしに両手をあげる。

「…あたし明太子好きなのに」

恨みがましくつぶやくと、机の向こうから手が伸びてきた。そのままぐしゃぐしゃ頭を撫でられる。

「そんな拗ねるな」
「悪いの阿伏兎じゃんか」
「悪かった、すまん」

……やけに素直に謝ってくれた。なのになんだかすっきりしないのだ。このモヤモヤはたぶん明太子のせいだけじゃない。
頭の上の阿伏兎の手をそれとなく引っぺがす。

「あたし、拗ねてなんかない」

だから子ども扱いしないで、という本当のところはぎこちなく隠した。
阿伏兎はというと、ちょっと意外そうに数回まばたきした後「よいしょ」と腰をあげてあたしの隣に座った。

「そういう状態を、世間一般では拗ねるっつーんだがなァ」

その口ぶりはもう、あたしがこうなってる原因が明太子だけにないことを感づいてるみたいだった。
今までなんとなく言えなかったことが、今なら言えそうだった。

「あたし、もっとね、なんていうか」

なんていうか、を何回か使いながら、ぐちゃぐちゃになった心の整理をする。

「大人の女……ってのに、なりたくて」

阿伏兎は、キョトンという擬音がピッタリな雰囲気だ。どうやら阿伏兎の予想の斜め上を行ったらしい。
だけどそんなこと気にする余裕もなく、一回飛び出したらズルズル言う予定もなかったことまで口から出ていく。

「団長が、阿伏兎の昔の、お、女の人について、言ってて」

実紅とはだいぶ趣向が違う女ばっかりだったな。女の趣味、変わったんじゃない?
っていうのは団長の言葉だ。

ふいに大きなため息が聞こえてギクリとする。
おそるおそる見上げると、阿伏兎が口を開いた。

「そりゃ昔の女に比べりゃお前さんはちと子どもだな」

わかってたことだった。だけどあまりにもバッサリ言われて呼吸がうまくできない。鼻の奥が痛い。でも涙の粒は目尻で堪える。ここで泣いたらそれこそ子どもな気がした。にしてもあのすっとこどっこいも余計なことを、と愚痴る阿伏兎の言葉を遮った。

「じゃあ…っ、じゃああたしなんかじゃなくて!」

もっと大人な女の人捕まえればいいでしょ、とあっさり部屋を出るつもりが、腰をあげて「もっと」のとこで涙腺が決壊した。

「実紅」

大好きな低い声も今じゃ目から水分が出ていくのを加速させるだけだった。
にじむ視界の中に見えるドアを目指してよろよろ動き出したところで背中に体温。

「すまん、ちょっといじめすぎたか」

耳元で阿伏兎が喋るのを聞きながら、ああ抱きしめられてんのかなんてことに今更気付いた。

「俺のことでんな必死になって泣くツラがちょっと可愛くてな」
「はっ、は…!?」

いきなり何言って…

「お前さんが無理してそんな、なれもしねーもん目指す必要はねェんだよ」

す、と体が離れて肩に置かれた手がくるりとあたしの体を180度動かす。対面した阿伏兎があたしの涙を拭った。クリアーになった視界で、阿伏兎が目を細めて笑った。

「俺が好きなのは、そのまんま、明太子ごときでぎゃーぎゃー賑やかな実紅だ」

ああずるい。ここでそんな台詞。
こっちはうまいこと言葉が出てこなくて悔しいのに。

「め、」
「ん?」

顔を上げて精一杯睨む。

「明太子、ごときって、ごときって言うな」

照れ隠しにすらなりそうにない台詞しか出てこなくてまたすぐ俯けば、喉の奥で笑う声が降ってきた。
足くらい踏んだって許される気がした。



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title:深爪



七万打企画:れいさま(いじわるな阿伏兎)
いじわるって平仮名表記がものすごくかわいくてキュンキュンしながら書きましたー^^



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