「珍しいね、実紅が俺の部屋で仕事なんて」

からかうような声と言外に指摘されたことに、いいようのないモヤモヤが沸き立つ。

「……別にたいした理由なんかないです、気分転換」

自分でも苦しいのがわかるくらい苦しまぎれな言い訳だったけれど団長は「ふうん」と言ったきりなにも言わなかった。
少し拍子抜けした。いやそりゃ触れないでくれるなら嬉しいけどね……うん。

「ねえ」
「へ?」
「その書類、インク染みすごいけど大丈夫なの」
「あ……あああああああああっ!」

キャップ閉めずにペンがあばばば!

「それもうダメじゃない?元老に謝っといてネ」
「りょ……了解です」

まっさか団長なんぞにデスクワークのミスを指摘されるとは思わなかった。
がくんと肩が落ちる。

「実紅のプライベートなんか興味ないけど仕事に差し支えるようなことはさっさと解決してよ。これ以上役立たずになってなにが楽しいの」
「……すいません」

いつもなら言い返すくらいしそうだけど、今日はさっきミスを目撃された上気分が最悪だから団長の指摘全部がグサグサ刺さる。

「ケンカでもしたの?」
「……まあ」

まあ、なんてもんじゃなかった。ほぼ殴り合いに近い。でも何が1番気に食わないかっていうとあたしがどんだけ本気で殴りかかっても向こうは殴ってはこない。布団とかクッションになりそうなものの上に投げとばされるくらいで、それがまた気にくわない。

「阿伏兎もまだまだ子どもだね」
「そんなこと……」

ない。そんなことない。
いつだって子どもなのはあたしで。
……こんな大好きなのもあたしばっかり、

「ねえ実紅」

ん?と顔を上げると机に座って足をブラブラさせながら団長が言った。

「阿伏兎もさあ、今役立たずみたいなんだよね」
「へ?」
「これ。実紅が来る前にアイツが持ってきた書類なんだけどさあ……」

ピラリと見せられた紙に目を通す。と、それはそれは散々な書類だった。
団長のサインのとこに自分の名前書いてるし、ハンコ押すとこに団長の名前書いてあるし……ああもう。

「団長!」

ガタンと椅子を鳴らして立ち上がると、団長は無言で笑った。

「役立たずから脱却してきます!」
「うん、本当はやくしてね。これ以上俺に迷惑かけたら殺すから」

団長の、冗談ととるのは楽観的すぎる言葉に背筋を冷やしながら急いで団長執務室から飛びだした。

ケンカしたら痛いのはおまえさんだけじゃねェや、とかあの書類を見た途端、大好きな声が拗ね気味にしゃべってるのが聞こえたみたいでたまらなくなった。

…って言ったらどんな顔してくれるかなあ。


力尽くで蝶々結び


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