「その様子じゃ、当たって砕けちまったらしいな」

……気が利かないやつだ本当。仮にも女の子が泣いてるんだからね、自分じゃどうにもできないなら放っておいてくれればいい。放っておいてほしい。

「だったら、なに」

夕日が容赦なく河川敷を照らす。なんて、なんかのドラマで使ってそうな風景。無遠慮にあたしの隣に座りこむ阿伏兎があらわれる前は、ただひたすらに静かだった空間。
草の中に腰を下ろしてぼんやり川が流れるのを眺めはじめたの、いつからだっけ。

「……それ、なぐさめてるの?」

泣き顔を見られないように必死になって川だけ見つめるあたしの頭に、手が回されて、後ろからわしゃわしゃと髪を乱された。
なぐさめてくれてるんだか怒らせたいんだか、こいつもよくわからない。複雑な心中とは違って、涙だけはぼたぼたと頬を流れるからたまったもんじゃない。

「そう泣くもんじゃねェ」
「るっさい、ほっとけ」

ぶんっと真横、阿伏兎のいる左に拳を突き出す。ぼすん、と鞄かなんかにあたった感触。阿伏兎のくせに盾なんか使いやがって生意気な。
もうなんだかすべてにイライラする。

ただ、沈黙が流れればまた複雑な気分になるのは明白で。ああもう。やけくそになって口だけ動かす。

「なんで、阿伏兎はこんなとこいんの」

人目を避けるようにここを選んだのだ。知り合いが使いそうな道は全部避けた。もちろんその知り合いの中にはこいつだって入ってたのに。
そんなあたしの胸中を見透かすように、喉の奥で笑うような笑い声が、隣から漏れてきた。

「おまえさんは、誰にも会いたくないとき、ただボーッとできる場所を探すだろ」
「……だからって」
「だから、俺らが行かねェ場所をシラミ潰しに回ったってわけだ」
「は…?いや、え?なんで阿伏兎があたしを探すの?」

泣き顔なのも忘れて隣を見れば、ようやくこっち見やがったな、と口角をあげて笑われた。
しまった、と思って袖で顔を拭いながらまた川に視線を戻そうとした。だけど結論から言うとそれは叶わなかった。ずっとわしゃわしゃとあたしの髪を乱し続けたその手に力がこめられて、ぐい、とそのまま阿伏兎の肩あたりに顔から突っ込むように押されたせいで。

「は、はなっはなせバカ!」
「そいつァ叶えてやれねーや」

どれだけ抗っても、あたしは阿伏兎の力に敵わない。
……もう、どうでもいっか。
す、とおとなしくなったあたしの頭に阿伏兎は顎を乗せた。

「おいおい、そんなしおらしくされちゃ調子狂うぜ」
「ばかたれ、今しおらしくなくて、あたしはいつ、しおらしくなるの」

失恋したときくらい…という言葉を飲み込んだ。そんなあたしにそれもそうだな、というある意味失礼なセリフが投げかけられる。
ちくしょう、と怒りを燃やしていて、ふと気がついた。
あたし、いつ泣きやんだんだっけ。
でもすぐにそれもどうでもよくなった。低い声が、また突拍子もないことを口走ったからだ。

「実紅、俺ァ自分が紳士だなんて嘘はつけやしねえ」
「まあ大嘘だもんね、それは」
「るせえよ。……だからな、卑怯もんな俺は……弱ってるおまえさんに、堂々とつけこませてもらおうかね」

なんだか悪い予感がして、またこの腕の中から抜け出すべくとりあえず暴れる。腕を突っ張ってぐいぐい押して、どうにか距離を作ろうとするのに、ままならない。

「おまえさん、男を見る目が足んねーよ」

そんなこと、ない。
そう言うはずだったのに、急に頭に回されていた手の力がゆるんで、反動で頭がぶんっと後ろにのけ反ったせいで何も言えなかった。

いきなり視界が明るくなって、目の前には憎たらしいほどのニヤけ顔の阿伏兎。

「こんな近くに、こんないい男がいるってのによォ。よくわかんねえ輩にふらふらしやがって」
「な、だ、だれが」
「あげく泣いて帰ってきやがる」
「っ、そんなの」

阿伏兎に関係ない、とは、なぜだか言えなかった。

「おまえさんが泣くのは……見てらんねえんだよ」

止まったはずの涙がまた復活。
その罪は重いぞ、バカ阿伏兎。

「いま阿伏兎に傾いたら、あたし、ずるい……最低」

下を向いてそう呟く。すると阿伏兎は大声で笑った。

「俺だっておまえさんが弱ってるとこにつけこんでんだ。お互い様だろう?」

それも、そっか。
妙に納得させられたあたしは、阿伏兎の腕の中に、今度は自分から飛び込んだ。


あかしんごう
ふたりでわたれば
こわくない



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