期限つきだった、最初からわかってた。それなのにこんな気持ちになる理由もわかってる。この狭い箱で出会う、一握りの人達の、その誰とも違うあなたに惹かれたわたしが悪いのだと、頭の隅で冷静なわたしが舌打ちした。
「明日、この星を発つ」
低い声が、そう告げた。
いやだと泣きだしそうな目を閉じた。行かないでと追いすがりそうな右手を左手で握りしめた。 好きなんです、と叫びそうな唇を噛んだ。
「そうなんですか」
遊女なわたしがうまいのは嘘だけだ。あとはみんな不器用に手から滑り落ちる。
「なんだ、冷めた反応だな」
ああ、この諦めたような笑い方も好きなんだ、と目と目の真ん中が痛くなる。 やっぱりわたしは嘘もうまくないかもしれない。左手に力をこめて、右手の甲に爪が沈んでいくのを見ながらそう思った。
「あなたを、困らせたくありません」
左手に熱を感じて、その後すっと爪が浮いた。右手には点線がハッキリと浮き出た。左手には大きくて無骨な手。
「困らせてくれりゃあいいんだ、最後くらい」
初めて触れた体温に、最後という単語に、目と心臓が熱くなった。
「ごめんなさい」
謝った直後なにかが決壊したみたいにぼろぼろ崩れて畳を濡らした。せっかくの化粧だって台なしだ。そんなとき、なんの前触れもなくその人は口を開いた。
「なあ、おまえさんは、俺が優しい男に見えるか」
見えない。でも即答はできずに黙っていた。
「見えねェだろ、実際優しくなんかねーからな」 「そんなこと、ないです」
今度は口が勝手に動いた。優しそうには見えないけれど、この人はわたしが出会った中で1番優しい人だ。 わたしの答えにその優しい人は目を丸くして、それから自嘲ぎみに笑って言った。おまえさんは別だ、と。
「好きでもねー女のとこに、話だけしにくる男なんざいねェだろ」
せっかく引いた涙がまた溢れた。今日はよく泣くなあと頭を撫でられた。 しばらくそのまま時間が過ぎて、すこしだけ涙が引いたときに、その単語が低い声に乗って鼓膜を打った。
「身請けしてやる」
身請け、という単語が無機質に響く。だれが、だれを……なんで。
「どこにでも、好きなとこに行けばいい」
突然のことに戸惑った。だけどわたしは混乱したままの頭で、首を横に振る、という判断をくだした。 目の前の人はそんなわたしを見て驚くでもなく静かに、どうしてだ?と問い掛けた。
「ここにいれば、またあなたに会えるかもしれないでしょう?」
馬鹿だなと笑ってほしかった。また会いに来ると約束してほしかった。嘘でもよかった。だけれど返されたのは諦めたような笑い方と、呆れたようなため息だった。
「もう会えねえさ」
時間だな、とその人は立ち上がった。反射的に袖をひいてしまったわたしの額を、その人のうすい唇がかすめた。
「おまえさんにゃ、暗い夜も派手な化粧も似合わねえ」
大きい背中がこっちを向いた。なにか言わなきゃと頭が痛くなった。必死で声をしぼりだす。
「それなら…ここであなたを待つことができないなら…あなたを、捜して、見つけてみせます」
その人は声をあげて笑った後、それなら俺の名前くらい覚えとくといい、と初めて名前を教えてくれた。
鼓膜で弾けて消えた その声を探しにいく
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