「今日はいい日だ」

ふいに阿伏兎がつぶやいた。本当にいきなりだったから、その「今日はいい日だ」が頭の中で意味もなく数回ぐるぐる回った。それでも、なにがどう「いい日」なのかがわからない。
そんなあたしに向かって阿伏兎は少し口元をゆるめて言った。

「お前さんはそう思わねェかい?」
「えー……」

正直いって、今日はいつも通りだ。よくも悪くもない。
団長はいつも通り仕事しないし、それをいつも通り押し付けられたあたし達は、今いつも通り自分たちの机に座ってペンを走らせているのだから。

「いつも通り、だと思う」

正直に答えると、阿伏兎はそりゃそうだ、と笑った。意味がわからない。いつも通りならとりたてて「いい日」でもないはずだ。

思い悩むあたしを見て、阿伏兎は立ち上がってこっちに向かって歩いてきたかと思ったらすぐにあたしの隣に座り込んだ。
なんだろう。ぼんやり見てたら何見てんだと理不尽な一言が返ってきた。

「いや…いきなりこっち来るから」
「嫌か?」

嫌なわけはないんだけど、なんかそれを認めるのが悔しくて、答える代わりに唇を噛むと阿伏兎はくつくつ笑った。

なんだか阿伏兎、今日はよく笑うなあ……相変わらずのニヤけた笑い方だけど。
そう思ったらあたしも、なんか今日はいい日だと感じた。

それを見透かしたみたいに阿伏兎が聞いてきた。

「なあ、いい日だろ」

この人が隣にいる。たったそれだけ。
でもたぶん単細胞なあたしにとって、それがすごく幸せなのだ。

「うん、いい日かもね」


なんてことない極上の日


title:おやすみパンチ



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