いっつも思う。船内の扉なんかどれも同じなはずなのに、この部屋の扉だけはわたしにとって特別だ、って。そう、ノックをするだけなのに1分くらいかけて気合いを入れなきゃならないくらいに。

ここに立ち尽くしていつも通り1分ほどたった。よし、そろそろがんばれ、わたし。ぐっ、と手を握りしめて、ぎこちなく腕の筋肉を動かす。

コンコン、と小さい音がした。

「ああ、入ってくれ」

室内から低い声が返ってきた。それだけでまたドアノブに手をかけるのに勇気をふりしぼらなきゃならないくらい、ドキドキする。なんだか冷や汗まで感じるんだから情けないことこの上ない。こんなんでどうする。震える手がドアノブに触れた。

「しつれいしますっ」

し、からもう声が裏がえった。恥ずかしくて消えたくなる。
机の前で真剣に始末書と向き合う姿にまた心拍数が上がった気がする。でも気のせいにした。
仕事中の阿伏兎さんとわたしにはさまれた机には、わたしなんかにはよくわからない書類や資料が積まれていた。

「頼まれた、書類です」

阿伏兎さんが顔を上げた。わたしが抱える紙の束を見てすこし驚いたような顔をした。

「もう終わったのか」
「え…あ、はい」

伸ばされた手に書類を渡す。ど、どうしよう。はやかったのかな、不備とかあったらどうしよう。うわあ消えたい!
書類に目を通して、座ったままだった阿伏兎さんが突然立ち上がる。
へ、とびっくりしてる間に阿伏兎さんの目とわたしの目が合って蛇に睨まれた蛙状態だ。

「そんな働いて大丈夫か」
「っえ?」

顔が熱い。もう内側からじわじわ温度が上がってるのがわかる。それなのに阿伏兎さんはおかまいなしに、熱とかねェか、とか言いながら今度はわたしに手をのばしてきた。
思わず体が後ずさる。しまった、と思って阿伏兎さんを見たときにはもう遅かった。

「おまえさん、そんなに俺が怖いのかい」
「えっ、え?」

思いもよらない質問にとまどっていると、それが肯定だととられたらしい。

「部屋入るにもなかなか入ってこねェしよ」
「え、そっそれは!」
「そんなに避けられちゃ、いくらオジサンでも傷つくぜ」

自嘲ぎみに笑って阿伏兎さんは椅子に座り直した。
もう頭の中が真っ白だ。扉の前で立ち止まってたのがバレてたのも恥ずかしくてしかたない。だけど今だいじなのは、誤解されたままじゃ絶対ダメだってこと。

「阿伏兎さん!」
「どうした?」

喉と鼻の奥が熱くて痛い。泣いたらまた訳がわからなくなる。つばを飲み込んで、なにから説明しようか悩んでいると、少しだけぼやけた視界が阿伏兎さんが笑うのをとらえた。

「冗談だ」
「へ…っ?」

なにが。阿伏兎さんは変わらず面白そうににやにや笑っている。

「悪いな、からかって」
「ど、ど、どういう……」
「いやあんまりにもおまえさんが必死なもんだから」

嫌な予感がする。
また復活した冷や汗を感じていると、ちょっとこっち来いと手招かれた。
机に沿うように阿伏兎さんの近くに行く。それでも数歩くらいの間をあけたままでいるとぐい、と手首をつかまれた。

「うっ、わ、わ」

そのまま勢いよく引かれる。座ったままの阿伏兎さんの顔がわたしの肩に触れる。全部一瞬のうちに起きて、わたしの脳はショートした。

「そんな初々しい反応されたらこっちまで照れちまうんだけど」

耳元であの低い声。もう麻痺したみたいに体が動かない。

「ま、そんなとこも気に入ってっから安心しやがれ」

結局、隠そうとしてたわたしの気持ちなんか阿伏兎さんにつつぬけで。それを知っててわたしをからかってきたのだ。必死に回転する頭がさっきのセリフを反芻する。
嬉しいはずなのになぜだか納得いかない。だって、そんなの……!

しゅーっと煙を上げて使いものにならなくなりそうな頭に、たった一言だけが浮かんだ。

そんなの




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