息切れさせながら科学班のラボにダッシュで滑りこむ。 そこは、数日前いってきますを告げたときと同じように殺伐としていた。
腕時計を確認して、日付変更線との勝負になんとか勝ったことを素直に喜んだ。
けれどそんな喜びもつかの間。目は自然と姿を探しているのに、頭の中ではどうしようの5文字でいっぱいだった。
だって、きっと当の本人は今日…いや3分後の明日が何日かわかってない、忙しすぎて。おめでとうって言った瞬間、あー今日誕生日だっけありがとう、なんて仕事の片手間に返されそうでこわい。
そういうネガティブまっしぐらなことが、数秒のうちに頭の中を駆けめぐってなかなか離れなかった。
だけど、解決策が浮かばない頭とちがって、目はもう目的の人物を見つけていた。同時に動きだす足。 予想どおり、そしていつもどおり仕事の鬼と化して、触るな危険とでもいうようなオーラを放ちながらガリガリとペンを走らせる背中が目に入った。
「リーバー!」
さっきまでのもやもやしたのはどこに行ったのか。妙に幸せな気分になったと思ったら、反射的に口が名前を呼んでいた。
冷えピタと眼鏡と無精髭。いつもの3点セットが振り返る。目が合ったと思ったらだいすきな笑顔があらわれた。
「おかえり」 「たっ…ただいま!」
もうどうにでもなれ!とか思いながら、少しやつれた体に抱きついた。隣でタップがおおっだなんてわざとらしい声を上げたけど、気にしない。
「う、おっ、いきなりなんだよ!」
焦るリーバーの言葉を無視してそのままでいると、遠慮がちに背中に腕が回されたのがわかった。 すごい、落ち着く。
「リーバー」 「ん?」 「生まれてきてくれて、ありがとう」
自然に出てきたわたしの言葉の後、数秒の沈黙。 そのあと、ああ…今日だっけか、なんて聞こえてきて、すこし呆れながら、誕生日おめでとうと小さく笑った。
「なあ、実紅」
ふいに呼びかけられてじわじわ恥ずかしくなった。あわてて腕を離すと、すこし照れたような顔。 たぶん、わたしも似たようなもんだと思う。
「…なに?」 「ありがとうな」
祝ってくれてって意味だと思って頷くと、あー…それもあるけど、とリーバーがはにかんだ。
「ケガなく帰ってきてくれて、だよ」 「……へ?」 「それが1番のプレゼントだよなぁ」
リーバーが心底嬉しそうに笑うもんだから、わたしの方が恥ずかしくなって、なんとかありがと、と返せた。
どうしようもないくらい、しあわせです
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