「あたしバイトしようと思うんだー」
帰り道。実紅の希望でコンビニに寄った後、唐突にそう言われた。
「バイト?」 「うん、さっきのコンビニ、時給800円だって」
コンビニの出入口あたりに貼ってあったアルバイト募集のポスターを思い出す。
やってみよっかなあなんて、アイスを食べながら言う実紅にため息が出た。
「やめとけやめとけ、お前さんに接客なんかできると思うか」 「……できる、ってか、頑張る」
そうだねやっぱり無理かなあ、とかそれ位の軽いセリフを予想してた俺は、びっくりして固まる。 どうしたの、と聞かれて慌てて口を開く。
「いや…お前さんこそどうしたんだ」 「?、なにが」 「そんな頑張んなきゃいけないほど金がねェのか」 「うーん、たぶん足りないんだよねー」 「…へえ、そうかい」
自分の声が明らかに不機嫌そうに聞こえた。実紅がバイトすんのは何だか気に食わない。
…バイト先っつったらあれだろ、たぶん、よくわからん輩がいるだろうが…それにコンビニとか危ないだろ、いろいろと…
「おーい、阿伏兎ー?」 「っ!おう…悪ィ」
会話の最中に意識とばすなよー、と間延びした口調で言われる。
…やっぱりこんなぼんやりした奴をほっとけるわけねェ。どうする、こいつのバイト先の男全員潰すしか方法が…
「ねえ、」
どうやってこいつにバイトを諦めさせるか考えていたときに、ふいに呼びかけられて思考が止まる。なんだよ、と返せば少し悲しそうな顔。
「怒ってる?」
…ちょっと待て。状況がみえねェんだが。困った顔するこいつに言いたい。俺だ、困ってんのは。
「別に怒っちゃいねェよ」 「でも阿伏兎、さっきから眉間にシワ」 「…あ」 「それから、なんかじっと考えてるし」
やっぱり悲しそうな顔をする実紅に慌ててホントに違うと否定した瞬間、ならいいんだ!だなんてケロリと笑顔になった。
その面見てたら俺の中で何かが閃いた。
「実紅!」 「っうわ!なにっ、なに!?どしたの!」
いきなり肩を掴まれたのと、俺の大声に、目を見開いてテンパる実紅。
「お前さんがバイトすんなら俺もやる」
ぱちぱちぱち、と瞬きが3回。その後ぶはっと吹き出したと思ったらケラケラ笑い出した。肩を掴んでた手から力が抜ける。こいつ人の決意を何だと思って…
「阿伏兎もさあ、お金ないの?」 「…は?いや俺は…」
お前に悪い虫つかねェように、なんて言えなくてあたふたしてる間もまだ笑い続ける実紅。
「もうすぐ夏休みだもんねー」
笑ってたと思ったらこれだ。話の流れが速すぎてついてけねェ、が、いつものこった。おとなしく続きを待つ。
「あたしもさー、夏休み、いっぱい遊びたいなあって」 「……へえ」
…誰と、だなんて聞けるわけがない。また少し機嫌が悪くなった自分に呆れる。思わずため息をつけば、なぜか笑いとばされた。
「なに笑って…」 「いやあ阿伏兎が、ため息つくくらいお金ないなんて予想外だったなあ」
このため息はそういうんじゃない、と言う前に口を挟まれた。
「ならさ、阿伏兎はあたしより頑張んなきゃねー」 「はあ?」 「夏ってったらどこかなあ。やっぱ海?」
ああ阿伏兎はオジサンだから山のがいっか、という失礼な言葉を聞いて、ようやく理解した。こいつが誰と遊ぶためにバイトする気になったのか。 あーあー…ちくしょう、俺も単純なもんだ。さっきまでの不機嫌はどこ行っちまったんだよ。
「一緒にさ、たくさん遊ぼうぜー!…ちょっと、ほら、おー!とか、やんないの?」 「…バカ、まずはバイトだろ」 「あ、そっか!」
もうすぐ夏休み!
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