実紅はさあ、こんなハナシ知ってる?

どんなお話ですか

運命の、赤い糸っていうのがね、自分の運命の人ってのの小指と、自分の小指を繋いでるんだってさ

…………

どしたの、怪訝な顔して

いや、団長にしちゃロマンチックなお話だなあと

ロマンチック?何馬鹿なこと言ってんの

は?だって運命の人って……

うん、だから運命かなって思えるくらい強い奴のことでショ?

……マジでか




「なあ、」

その呼びかけに、何がしたいんだよ、という意味がこめられてるのは分かってる。けど、わたしは阿伏兎の手を離さなかった。

「ねえ、阿伏兎はさあ、運命の赤い糸って知ってる?」
「はあ?」

阿伏兎の左手の小指とわたしの右手の小指を見比べながら、阿伏兎の何だそれとでも言いたげな返事を聞いた。

「なんかねー、運命の人どうしは、赤い糸で結ばれるって、団長が」
「………」

やっぱり見えないなあ、なんて少しがっかりしながら今日団長に聞いた話をする。
団長が言うように、運命の人って、自分のライバルになりそうな強い人のことなのかなあ。

「おい」
「ん?」

顔を上げれば突然おでこを人差し指で突かれた。

「馬鹿なこと考えてんじゃねェよ」

んな暇あるなら仕事しやがれ、と書類を突きつけられる。
なんだか納得いかない。

「阿伏兎はさあ、どう思う?」
「あ?」
「自分の小指、誰かと繋がってると思う?」
「んなもん知ったこっちゃねェ」

バッサリ返されて少し、いや結構へこんだ。少しはわたしの気持ちを汲んでくれたっていいじゃないか。

そんなだから阿伏兎は阿伏兎なんだバカヤロウと自分でもよく分からない罵倒を頭の中で繰り返しながら阿伏兎の向かいの席に座って書類に手を伸ばす。

「なに不機嫌になってんだ」
「うるさい、バカ」

阿伏兎を見れなくて、書類に向かってバカとか言ってる自分が虚しい。阿伏兎にとっちゃくだらないことでも女の子はそういうのがどうしても気になるのだ。

なんだか泣きそうになって唇を噛んでると、いきなり笑い声が部屋に響いた。

「な、なに笑って…!」
「いや、お前さんは本当に面白いな」
「……うれしくない」
「まあそう拗ねるなよ」

下を向いてるわたしには分からないが、きっと今このオッサンはニヤニヤしてると思う、うざい。

「なあ、顔上げてくれよ」
「やだバカ」
「それじゃ、どうしたら機嫌直してくれますかね」
「……」

どうしたいかなんて自分でもよく分からない。ただ、阿伏兎の小指と誰か、わたし以外の人の小指が繋がってたらって考えたらひどく悲しかった。

それなら阿伏兎の小指なんかいらない。両方わたしが噛み切った方がマシだと思ってしまうくらい。

「なに?」
「…小指、だっけか」

書類の上に置かれたわたしの右手が大きな手に引かれて視界から消え、思わずその先を目で追う。

わたしの手を、阿伏兎は睨むようにじっと見ていた。

「まあたしかに赤い糸とやらは見えねェな」
「…ただの伝説…らしいから」
「オッサンにゃ興味の薄いハナシだが、お前さんがどうしてもって言うなら…」

そこで言葉を切って、同時に右手を解放される。

「小指くらい、お前さんにくれてやらァ」

その言葉と、やけに真剣な目に心臓がぎゅっと縮む。

たしかに噛み切ってやるとかちょっと思ったけど……でも、もうそんなのどうでもよくなってしまった。

「今は、いいや」
「いいのか?」
「うん、今は阿伏兎わたしのこと大好きみたいだから」
「っはあ!?」
「でもね、もし、阿伏兎がわたし以外の人のとこ行っちゃうなら…そんときに、もらうよ」

阿伏兎はわたしの言葉に目をぱちぱちさせた後、そうかい、と小さく笑った。



死ぬまでずっと君の小指は僕のもの


title:人魚鉢


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