「ねえ実紅、俺の子産む気ない?」 「………すんません団長もういっかい言っ」 「俺の子、産む気ない?」
……あれ、おかしいな。やっぱり俺の子産む気ない?って聞こえる。
それで耳が治るわけではないけれど、掌で耳に当たるように側頭部を軽く叩く。わたしの耳がおかしいのでないなら団長の頭がおかしいんだ。
「ねえ、返事は」 「い、いやっその…」 「嫌なの?」 「そっそのいやじゃなく!」
にっこり笑う団長から殺気を感じて慌てて言ってから後悔の嵐。冷や汗が背中を走るわたしに対して団長はやっぱりにっこりした。
「おまえなら、望みがあるかな」
その言葉をやっぱりなと受け流す反面すこし落胆する自分がいていいかげん嫌になる。団長はこういう人。
団長が欲しいのはわたしじゃない。わたしの、夜兎の血が欲しいんだ。
「強い子、ですか?」 「うん、俺の子、絶対強いだろう?」
戦いたいじゃない、と不穏なことを笑っておっしゃる我らが団長。
「そうですねーぶっちゃけ相手の遺伝子なんかお構いなしに強い子が生まれるんじゃありませんか」
わたしの意見に団長は目をぱちくりさせた。
「たしかに…そうかもネ」 「でしょう?」 「………」 「……あの、団長?」
突然押し黙る団長の顔をのぞき見れば珍しく笑いもせずわたしの目を見てきた。 な、なんだそれ…!そういうの無意識にやっちゃうから神威団長はたらしだとか言われるんじゃないかな!
「……ねえ、そうだとしたら俺はなんでお前の子がいいと思ったのかな」
本当に不思議そうに言われて困ってしまう。正直わたしの方が今の状況を不思議に思ってることを理解していただきたい。
「わたしが知るわけないでしょう」 「上司の悩みに付き合うのは部下の務めじゃないかな」
その言葉を付き合わなきゃ殺されると理解したわたしは大人しく団長の隣で答を待つことにした。
「誰だっていいはずなのに、ネ」 「そうですね」 「気付いたらお前のとこに来てた」 「はあ、そうですか」 「………ああ、わかった」 「あ、よかったじゃないですか」
答なんてきっとろくでもないから聞きたくなくて、分かったならわたしはこれで、と席を立てば足を払われ、わたしは左のほっぺを思いきり床と衝突するはめになった。い、いたい!なんなの死ぬのかあたし!
床に寝転ぶわたしにはやく起きればと団長は言う。自分で転ばしといて勝手すぎやしませんか。でもそんなことは言えず上半身を起こせば団長は面白そうに笑った。
「俺はね、たぶんお前がよかったんだ」 「はい?」 「俺とお前の血が流れる強い子が欲しかったんだよ」
予想外な答に頭はついていけず、自然にポカンと口が開く。なにを言ってるんだ、この人は。それじゃあまるで、
「ねえ、実紅」 「え…あ、はい」
なんでしょう、と続けようとした口が急に塞がれる。 いきなり近づいてきた団長の顔が徐々に離れていく。
落ち着け、わたし。えーっと、その、これは、つまり、いわゆる…あれですか……ちゅーですか。
「だからさ、俺の子産んでよ」
俺、実紅じゃなきゃ嫌みたいだ。
と、にっこり続けた団長を、わたしはただ呆然と見上げるしかなかった。産まなきゃ殺される、と本能的に思いつつ少しだけ嬉しいのはなぜだろうか。
これなんていう病気?
title:家出
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