最近実紅がおかしい。それは戦い以外頭にない団長にすらわかる程に。
今思えばこいつがおかしくなったのは初めて任務に行った時からだったかもしれない。初めて人を殺したんだと小さく笑った顔を見たときにオレは気付かなきゃならなかった。

「ねえ阿伏兎、あたしを、殺してくれないかな」

ああその笑顔には見覚えがある。無理矢理口角を上げるだけの不自然な笑顔。
その手には酸化して赤黒く変色した血。

「ついに同族すら手にかけたのかい」

足元に転がる死体は見たことのある顔だった。
オレの問い掛けにまたくすりと笑って顔についた血をぬぐう実紅の目はまだオレをちゃんと写しているのかもわからない。

「殺したくないのにね、手が勝手に動くんだ」
「しかたねェさ、おまえさんは夜兎だろ」

違う。夜兎だから、なんて理由じゃないことはわかっているさ。なのにオレはまだ認めたくないのだ。オレが、こいつを。殺さなきゃならないどうしようもない事実を。

「…あたしがなんで阿伏兎にお願いしてるか、わかる?」

カツンカツンと靴と床のぶつかる音。ゆっくりこちらに歩いてきた実紅との距離が縮む。血の匂いがきつくなった。

「あたしは、阿伏兎だけは殺せないから」

なにも言えないオレの顔に手を伸ばし、頬をさする手が震えていた。

「おねがい、あぶと」

震える手をとって実紅の目を見る。
そこにはもうなにも写っちゃいないらしい。なあ、オレは、どうしたらいい。おねがい、と続けたその顔は幼い時から変わらないのに。

「…目、閉じろ」

ゆっくり瞼が目を覆う。そこから涙が一筋だけ流れた。顔についた血が滲んで、真っ赤な筋ができる。そこに自分の唇を押し付けた。
なあ実紅、オレは。

「あぶと…ありがとう、だいすきだった」

小さな声が耳に届いた後、ひゅう、と呼吸が止まる音がした。





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