素直になれば良いのに、と言ったら一度殴られたからもう二度と言ってやるもんかって思ってる。


「明王。」

「っせぇよ、今喋りかけんな。」


薄暗い部屋でぼんやりとひどく曖昧に光るテレビの画面に夢中で、野郎はこちらを向かない。私とサッカーとどっちが大事なの、私とゲームとどっちが大事なの。そんなことは言わずもがなで、つまんねぇこと聞くなクズと罵倒されるはずだから聞いたこともない。

つまり私は野郎の視界の末端にさえ入ってないのだ。

(i know your arrogance but do not point it out)


フローリングに投げ出していた足を少しじたばたさせてみて、そこには空気以外何もないという酷く馬鹿げていてつまらないことを確認した。階下の住民はさぞや煩い事だろう、肝心の野郎は私の足を、長くて綺麗な指をした手ではたいた。


「…うるせぇんだよ、追い出すぞ。」

「追い出せば。」


めげずに言い返したら、ぎんと睨まれた。ただ野郎は面倒だからわざわざ私を追い出すなんてかったるいことは絶対しない。足を引っ込めて、ぐちゃぐちゃになったベッドのうえに放り投げられていた黒いクッションを引っ掴む。

ぎゅっと顔を埋めるとわずかに野郎の匂いがした。昔よりは随分広くなってしまった背中にそれを投げ付ける。

昔からだ。昔からあいつはよく意味が分からなくて、あいつからしてみたら私がよく意味の分からない奴で。私は野郎のことが知りたくていっつも此処に居た。野郎が私を振り払わないのは多分、面倒だからだと思う。それだけのことなのに、私は気付いたら何故か野郎なしでは呼吸も出来ないくらいに依存してしまっている。

(i feel like i am clinging to a cloud)


ぼす、と情けない音をたててクッションは野郎にぶつかって転がった。ざまぁ、と思ってにやにやしていると不意に世界が反転した。

気付いたときにはフローリングの床に頭を打ち付けてずきずき痛むし、気付いたときには何でか野郎が私の上に居た。


「な、」

「おまえ、そんなに俺に襲われたいのかよ?」


どMじゃね、とうっすら唇を片方だけ持ち上げる野郎の顔は何故だか憎いはずだったのに心底綺麗だった。


薄暗い部屋の中で光を放っているのはテレビだけで、私と野郎を青白く浮かび上がらせる。後頭部がずきずき疼いた。


「つーか、お前って昔から。」

「煩いよ。」


罵倒の言葉が溢れそうになる野郎の唇。野郎の首に腕を絡めて、すぐにふさいでやった。

そういえばこいつとキスなんかしたことはあっただろうか。思い出すかぎりは無い、ということは一回もキスなんかしたことない。

何故なら私は野郎と過ごした時間をしっかりと記憶しているからだ。
何故なら私は野郎との下らない恋人ごっこの末路をうっすらと分かっているからだ。


「…へぇ。」


不適に笑うその顔も、瞳も、声も。手に入るなら、こいつに私を全部壊されたって良い。

こいつによってもう一度構築された私は、さぞや幸福なことだろう。



さようなら、私。
さようなら、くだらない世界。

はじめまして、二度目のキス。
はじめまして、新しい私。


(i would like to be composed of you)







現実を嗤う



THX.稲妻事変




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