「…ヒロト、大丈夫か?」

薄らと瞳を開ける。目蓋の裏には太陽の残像。鼻孔を擽る僅かにすえた様な汗の匂い。地面に舞う砂埃。誰かの落とす影、逆光。


「立てるか?」

「…円堂くん、」


そうか、そうだった。僕は今サッカーをしていたんだ。そう…イナズマジャパンに選ばれて、それで、練習をしていたんだ。こめかみがズキンと痛む。あぁ多分、脱水症状か酸素不足だ。カサカサに乾いてしまった唇を湿らすと、血の味がした。


「大丈夫だよ。」

「あんまり無理すんなよな、ヒロト!」


差し出された右手の意味が暫く分からなくて、ぼんやりと影だけになった彼を見つめたら、もう一度、ヒロトと名前を呼ばれた。


ズキンズキン、ズキンズキン


こめかみが脈打つ音がする。目蓋の裏には太陽の残像。鼻孔を擽る僅かにすえた様な汗の匂い。地面に舞う砂埃。


がらくたになってしまった僕の脳が、酷いタイムラグで彼の右手を掴めと命令する。急に重くなってしまった左腕を上げると、思いがけないほど強い力で引き上げられた。


ズキンズキン、ズキン、


最早、それは僕の心臓になってしまったんじゃないかと思うぐらい、こめかみが脈打つ。


僕が倒れるのを嘲笑うかのように。僕が僕であるかを嘲笑うかのように。規則正しく、痛みを伴って。


「大丈夫……じゃないみたいだな。」


肩を借りてやっとこさ立っていられる僕を見て、彼はひっそりと眉を八の字にした。僕は彼を安心させたくて、力なく微笑む。


「ごめん、僕は」

「良いって!しっかり休めよ!」


そして、な!と太陽みたいに笑った。

僕は、どうやったらその笑顔を目蓋の裏に残せるか回らない頭で必死に考えて、彼をじっと見つめた。その内に、円堂くんは僕を半分抱え上げる様にして宿舎に向かって歩きだした。


「大丈夫、一人で、」

「良いから気にすんなって!」


無理して体に響いたらどうすんだよ!と力強い言葉を掛けてくれる彼は毎朝、一人でタイヤを相手に特訓しているのだけれど、それは無理って言わないのかな。よく回らない頭でそんなことを考えた。

僕がきつくないように、と円堂君は歩調をゆっくりと合わせてくれている。遠くの方で、チームメイトが出す張り裂けそうに力強い声が響く。柔らかな風が、青空のなかに溶けていく。


僕の歩調が彼の歩調に合って、ゆっくりと静かに不協和音が和音へと変わっていった。暑い暑い日差しの中だった。



















「──…ヒロト!こんなところに居たのか!」


この曲を聞くと、いつもあの時のことを思い出す。目蓋の裏には太陽の残像。鼻孔を擽る僅かにすえた様な汗の匂い。地面に舞う砂埃。

あの日、彼と僅かに奏でた和音。


「何してんだ?」

「ちょっとね、音楽聞いてる。」


へぇ、と余り興味が無いのか目をぱちくりさせている彼の耳に、さっきまで自分が付けていたヘッドホンをそっと付けてやる。


「…思い出すんだよ。」


きっと彼には聞こえないであろう言葉が、どこからか響いてくる子供の笑い声にさざめいて流れていく。

それは、まるでいつかの彼と僕との足取りの様。


「ヒロト、この曲好きなのか?」


それは、まるでいつかのあどけない目をした君のよう。




「──まぁ、ね。」



柔らかく力強くほほえむ君と、さぁ次はどんな音を奏でよう?──二人の、足音で。













thx:風に響け



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