※女の子謙也



ある晴れた休日のこと、謙也さんとお付き合いをはじめてから初めてのデートに行った。デートと言ってもただ駅前でご飯食べたりゲーセン行ったりとぶらぶらしただけなんだけど、行く先々で会話も弾んだし何より謙也さんが楽しそうだったので、初デートにしては上出来だったんじゃないかと思う。



「楽しかったなあ」

「そうっすね」

「今度は一緒に映画行こ、映画!」

「なんか見たいのでもあるんです?」

「おん!来週くらいからやるやつでな、」



帰り道、夕方の住宅街を二人で手を繋いで歩く。なんやベタやなあ、と思う自分もいれば、でもこういうのもまんざらでもないなあ、と思う自分もいて、少し心臓の辺りがくすぐったい。隣であれこれと話す謙也さんはくるくる表情が変わるから見ていて飽きない。可愛いと思う。

絶え間なく話し続ける謙也さんに小さく吹き出すと「何かおかしかった?」と顔を覗き込まれた。きょと、と小首を傾げる仕草がなんていうか、おさなくて、年上には感じられない。なんて本人に言えばきっとむくれるだろうから、言えないけれど。真っ直ぐに向けられる、こぼれ落ちそうなくらい大きな目に、首を横に振って「なんも」と答えた。



「あ、そうや」

「ん?」

「謙也さんこのあと時間ありますか」

「あるよ。どっか行くん?」

「いや、暇ならうち寄ってきません?」



特に用事があるわけではないがせっかくまだ時間も早いし、なんて思ってそう誘うと、謙也さんはぱっと花がほころんだみたいに嬉しそうに笑い大きく頷いた。もし今謙也さんに犬の耳としっぽがついていたとしたら多分、耳は頭のてっぺんで電波を受信したかの如くぴんと立ってしっぽは左右にパタパタ振れて止まないのだろうな。そんなことを思う笑顔。やっぱり、年上には見えへん。

謙也さんの柔らかくふっくらした手を握ったまま自宅を目指した。その間もそういえば光んち初めて行くなあ、なんや緊張するなあ、などと喋る謙也さんは表情も口も忙しそうにしきりに動かす。高揚しているのだろう、なんだか繋いだ手の温度がだんだん上がってきている気がする。

確かにうちに謙也さんを連れていくのはこれがはじめてのことだ。学校からはいつも一緒に帰路につくけれど、謙也さん家が俺の家までの道の途中にあるから普段は彼女を家に送り届けてそのままバイバイする。何気なく言い出したことだが改めて思うと、謙也さんじゃないけど少し緊張しないことも、ない。

幸い、昨日部屋は掃除したばっかやけどなんか変なもん出てたらどないしよ。見られて困るような本とかは全部兄貴の部屋やし、よっぽど大丈夫やと思うけど。



「謙也さん、こっち」

「おお、立派なお家やなあ」

「いや、普通ですよ」



ようやく着いた自宅の門扉を抜けて4、5段の石段を上がり、玄関の戸を開け謙也さんを招き入れる。ちゃんとお邪魔します、と言って脱いだ靴もきちんと手で揃える辺りに育ちの良さを感じて、思わず感心してしまった。

自室のある二階へ行こうとした時、不意に居間の方からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。その足音の主はだんだんとこちらに向かってきて、しまったと思った時にはもう時既に遅し、勢い良く腰に飛び付いてきたのは我が甥っ子。



「ひかおかえりー!」

「はいはい、ただいま」

「あれー!このひとだれやあ?」

「あ、こら、指差したらあかんて」



甥はびしっと人差し指を謙也さんに向けて目をぱちぱちさせる。謙也さんは突然の甥の奇襲に面喰らったようで、同じく目をぱちくりさせていたが、すぐにふわっと笑って甥の前にしゃがんだ。



「かわええなあ。この子が例の甥っ子くんか?」

「はい。すんません、不躾なガキで…」

「ええよええよ、気にせんといて」

「なあなあ、おねえちゃんだれ?ひかのともだち?」



こてんと首と一緒に体も傾ける甥の頭を優しく撫でる謙也さんは、甥の質問にううんと一つ唸ってから「まあそんなもんかな」と曖昧に返した。ともだちって、ちゃうやろそこはちゃあんと否定してくださいよ。あんた俺の彼女ですよ、彼女。まあ相手は子供やけども…けどなんか、不服やなあ。



「ともだちやのうて、俺の彼女」

「ちょ、」

「かのじょ?」

「そう彼女。可愛えやろ」

「おん、ひかのかのじょ、かわええなあ!」



せやろせやろ、もっと褒めてもええんやで。

そんなことキャラじゃないから口には出さないけれど、キラキラと飴玉のような瞳を輝かせて俺を見る甥に満足して、うんうんと頷いた。これが母親や兄貴、義姉さんなら絶対に自慢していなかった。でも相手は甥で、まだ10にも満たないこどもだ。少しくらいノロケたってバチはあたらないだろうに。



「ほら、俺らもう上行くから、部屋戻りや」

「はあい」



いい返事をくれた甥の頭をかき混ぜるようにぐしゃぐしゃ撫でてやった。そのまま廊下の奥へとたとたと駆けてった甥を見届けて、謙也さんに向き直る。すると、何故だか謙也さんは俺に背を向けたまま口元を押さえて突っ立っていた。首を傾げて謙也さんの肩にぽんと手を置くと、おずおずと肩越しから顔を覗かせた彼女の頬は赤らんでいて。思わず傾けた首をさらに深く折った。



「どないしたんすか」

「いや、その、えと…とりあえず部屋、連れてってくれへんかな…」

「、はあ」



顔を俯かせてそう言う謙也さんに疑問を抱きながらも、その手を引いて階段を上がる。数段のそれを上がりきってすぐ正面にある自室へ通し、部屋に入ってパタンと戸を閉めた途端、いきなり腹に突進を食らった。突っ込んできたのはもちろん謙也さん。突進、なんて言い方だと語弊が生じるかもしれないが、ぎゅうっと抱きついて胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる謙也さんにはその表現が一番しっくりきたのだ。

え、なにこの状況。わけわからんけど、とりあえず抱きしめ返しといたらええの?うん?



「謙也さん?」

「あー…はずいわ」

「なにがですか」



なるべく優しくそっと尋ねて、金の髪が絡まる指で頭を撫でてやる。謙也さんはもごもごと口ごもり暫しものを言うのを躊躇っているようだった。真下で伏せられた顔からは表情こそ伺えないが、髪の隙間からちらちら見える耳の縁はそれはもう真っ赤になっていて、場違いにもちょっとだけ美味しそうだなんて思ったのは俺だけの秘密。



「…呆れんと聞いてな」

「はい」

「さっきの俺の彼女っちゅう響き、なんやええなあ…なんて」

「思たんや」

「…うん」

「恥ずかしかった?」

「心臓、ぎゅってして、くすぐったかった…かな」



そう呟いてぎゅうぎゅう俺に抱きつく謙也さん。うっわ、なにそれなんやこの可愛え生き物。ほんまに俺とおんなし成分でできとるおんなし人間なんやろか。心臓ぎゅってしたって、そんなん言われた俺の方が心臓きゅうきゅうに締まって大変なんすけど。

とにかく心臓が詰まって仕方ないから少し力任せに細い肩と頭を胸に抱き寄せると、謙也さんは苦しい苦しいって呻いて下げていた顔を上向けた。すんませんと謝り力を緩めてやれば、照れ隠しのようにはにかむ謙也さんがどうにもこうにも可愛すぎて、もうだめ。あかん、さっきまで下心なんて誓って全く無かったのに、ほんま男ってもんは単純であかん。

それに、や。今日は何も大人の階段を登りたいがために謙也さんを連れ込んだわけやない。まだ付き合うてから日は浅いし、下には普通に家族もおる。いきなり理性ぶっとばして襲ったりして怖い思いはさせたない、絶対に。まだもう少し、健全にお付き合いを楽しんでもいいと思うわけですよ、俺としては。せやからこれは試練や思うて踏みとどまらなあかん。

耐えろ、例え今どんだけむらむらしとっても我慢や、耐えろ。そう自分を叱咤して謙也さんを抱き締めるだけに止める。変な昂りから指先がぶるぶる震えそうだった。触れあっている暖かい体温と鼻腔を掠める甘い匂いに集中して、気持ちを落ち着かせる。ゆっくり深呼吸をしてから、徐に唇を開く。



「、頑張るんで」

「え?」

「俺、頑張りますんで」

「な、なにが?」

「いろいろ。頑張るから、もう少しこのままでおってもええですか」

「え、ああ、うん…」



頑張る、という俺の言葉の意味がわかっていない謙也さんは戸惑いつつも、それでも背中に腕をいっぱいに伸ばしてすがってくれた。

漫画が数冊と雑誌で埋まった本棚、お気に入りの譜でぎっしり詰まったラックとその前に積まれた納まる場所のないCDたち、簡素な作業机とそれに似合わない最新のノートパソコン、それとキャスター付の結構値の張る椅子に床に敷かれた真っ黒な絨毯。そのすべてを俺はこれまで当たり前のように目に映してきたはずなのに。

いつもは何の味気もないつまらない自室の風景が今だけ別の世界に来たかのように思えるのは、きっと謙也さんがいるからだ。

この先、もっとこの風景に慣れていけたらいいのに。







 
   

 

   






「光、光、」

「なんすか」

「もうそろそろ、離さん?」

「えー、もうちょい」

「ええー?」

「嫌?」

「…好きにせえ」



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付き合いはじめたばっかのふたりなイメージ。ういういしいのがすき。



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