「女やったら良かったんに」



ベッドの上でクッション抱えながらそうやって漏らす。視線の先にはパソコン画面に向かう財前。頭にごっついヘッドフォン被ってこっちに見向きもせえへんからつまらん。しゃあないから転がったまんまごろごろ寝返りうったりぼーっと天井眺めてみたりするけど、やっぱりつまらん。すんすん、ってクッション嗅いだら財前が好きで使うとるワックスとシャンプーと香水の混ざった匂いがして、なんや心臓がきゅんてした。うわ、きゅんとかなんやねんキモい、自分どこの乙女や。思わずそれを抱き締める。財前が構ってくれへんからこない乙女な謙也さんが生じてしまったんやぞ。どう責任取ってくれんねん。視線だけでそう訴えてみるけど、財前の背中はぴくりとも動かへんかった。

どうせ聞こえてへんし、と拗ねたみたいに言葉を続ける。



「俺が女で、財前はもちろん男で」

「おっきくなくてええからちゃんとおっぱいあって、ほんでついてなくて、」

「そしたら財前は俺のもんやって、堂々とふれまわれたのにな」



アホみたい、そう聞こえた気がした。今言ったのは多分頭のどっかで冷静でおる俺の一部。そんな、絶対叶うはずない夢みたいなこと言うてみたかてなんも変わらへんのに。言ったって、悲しく虚しくなるだけやのに。な。今も言ってからちょこっとだけ後悔しとるし。やっぱアホやん、俺。こんな女々しいこと財前には言われへん。重い、下手したらそこらの女子より重いぞ、俺。

財前の背中眺めてたら泣きそうになってしもて、目伏せた。じっと目の前のクッションの一点だけ穴が空くほど見つめて、そんでももっかいだけ、とアホなことを呟いてみる俺はほんま、どうしょうもないアホ。



「俺、女やったら良かったかもなあ」



言ってすぐに抱えとったクッションに顔面押し付けた。なんかよおわからんけど、悲しい。寂しい。あかん、ちょっとネガティブスイッチ入ってもうた。冗談抜きで今なら涙出せる気いする。

別に男でおるんが嫌なわけやない。性同一性障害とかで心はほんまは女やとか、そういうわけでもない。今のまんまでも不自由はいっこもないねん。けど、けどさ、男の俺が男の財前と付き合うことは普通の人からしたら異色やからさ、やっぱり。こう言ったら卑屈かもしらんけど世界の隅っこで隔離されとるみたいやねん。せやからあんまりおおっぴらにくっついたりとかできひんし、周りに気い使うし。財前なんか俺よりもうんとその辺気使ってくれるから、なんや迷惑かけてんな、とか考えたりするわけや。俺としては。

ほんならやっぱ俺が女ならもっと普通のお付き合いができたのかもなあ。なんて、いっくら考えたとこで不毛な悩みなんやけどな。



「謙也さんのばあか」

「うっ、え」



いきなりふわっ、て耳元にあったかい何かがかかって、鼓膜を這うような低い声がダイレクトに響いてきて。びっくりして顔あげたらさっきまであっちにいたはずの財前の顔がほんまに近くにあったから、さらにびっくりして目を剥いた。財前はふって優しく笑ったかと思たらベッドに乗り上がってきて俺の隣にごろんと転がった。

ごっつ近くで向い合わせ。目線は、財前に捕まってから反らせへんようになっとる。



「謙也さんが女やったらもっと面倒くさなるやんか」

「な、それは今の俺が面倒くさいっちゅうことか!」

「せやからそう言うてますやろ」

「心外や」

「事実やからしゃあないっすわあ」

「…ところでお前いつから聞いててん」

「え、全部聞こえてましたけど」



うわああ、なんやそれ俺めっちゃ恥ずかしいやつやん。最初っから最後まで駄々漏れやったとか最悪。「随分でっかい独り言でしたね」なんて言う財前が憎い。っちゅうかお前、聞こえとったなら言えや。



「もういややしにたい…」

「アホな謙也さん」

「っさいわ、ドアホ」

「…寂しい思いさせてごめんね」

「…ほんまやて」



罪滅ぼしに抱き締めさせろ、って財前に向かって腕伸ばせば簡単に俺の胸にすっぽり収まった真っ黒な頭。ぎゅってきつく抱いて黒い髪を撫でると顔を上げた財前は嬉しそうな表情を見せて、俺の背中に手を回した。はあー、ちょっと落ち着くなこの体勢。クッションやのうて生財前や、生財前。全然抱き心地がちゃうわ。匂いもこっちの方が断然濃くてすき。



「俺謙也さんが女で爆乳でついてへんくても、逆に胸まな板なごっつい体した男でも、どっちでも愛せる自信ありますよ」

「…恥っずいフォローどうも」

「ほんまの話ですって」

「お前、ほんまに俺大好きなんやな」

「謙也さんかて性転換したいなんてけったいなこと思うくらい、俺んこと大好きやん」

「ぶはっ、どっちもどっちやな」



けらけら笑い飛ばしたけど、ほんまは今にも泣きそうやった。寧ろちょっと泣いとったから笑って誤魔化した。悲しいからとか寂しいからとかやのうて、素直に嬉しかったから。俺っちゅうもんをまるごと受け入れて愛してくれる財前があり得へんくらいいとおしゅうて、切なくて。

財前はすごい、いつも俺が欲しいと思ったもんくれる。言葉もやけど、行動にもそれは言える。俺限定なその献身さは、普段の毒舌クールぶっとるキャラとギャップがありすぎてびっくりするくらいなんやけど、でも好き。せやから好き。俺だけの財前やなあって思わせてくれて安心する。多分、たとえ財前が女でも男でも、財前がそのまんまの財前であったらそんな気持ちは全部変わらへんのやと思う。さっきやつが言っとったのはきっと、こういうことなんやろなあ。そう思ったらぐちゃぐちゃ考えとった自分がほんまもんのアホにしか見えやんで、涙出た。



「泣くほど好きなん?」

「好き、や。悪いか」

「ううん、全然悪ない。気分ええですわ」



目尻からつうって落ちてった涙の粒は近寄ってきた財前の唇に吸われた。そのまま体勢変えて俺に覆い被さった財前は目蓋と頬と順番に唇滑らせてきたから、どうしょうも堪らんくなった俺も財前の顔引き寄せて自分から唇にキスした。嬉しそうに幸せそうに目細める財前の顔見て、また堪らん気持ちで胸んとこがぎゅうぎゅうに詰まる。



「謙也さんのそういう面倒くさいとこも嫌いやないですよ」

「嫌いやないって、なんや」

「じゃあ好き」

「…物好きやな、お前も」



そう言えば満足そうに微笑う財前。おれも大概しょうもないと思うけど財前かて十分しょうもない。なんや、俺らしょうもない同士でお似合いやんけ。なんて、思たら今度は可笑しくて可笑しくて、財前のでこに俺のんぴったりくっつけて笑ったった。







笑っちゃうほど
よくある不条理








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