携帯の受信ボックスも送信ボックスも、もっと言えば着信履歴も発信履歴も上から下までずらりと連なるのは『忍足謙也』の四文字だった。メールに関してはあまりにもやり取りの量が多くて、謙也さん専用の個人ボックスを作ったのはどれくらい前だったか。我ながらキモすぎる履歴をカチカチと親指でスクロールしながら太ももに肘をついて頬杖をつく。

メールや電話の量が急激に増えたのは夏休みが明けてから。謙也さんが部活を引退して、顔を合わせる時間が著しく減ってからだ。それまでは嫌でも毎日部活で顔を会わせていたから電子的なやり取りなど必要なかったし、わざわざそんな面倒な方法をとらずとも直接会話する機会はいくらでもあった。けれど、今はそんな面倒な方法をとらなければ謙也さんと話すことは儘ならなくなった。

送ったメールと送られてきたメールを交互に見返してみるけれど、どの内容もえらく些細で、他愛もない。俺は今日の部活は何をしたとか、謙也さんは模試でいい結果をもらったとか、最近一番食べたいものとか天気のこととか、そんなの。まるで恋人同士。いや、まるでっちゅうか、正真正銘の恋人同士なんやけども。うん、やっぱり我ながらちまちまと。まめで律儀やなあ。



「なーに見とんの」

「うわっ、出た」

「出たって。俺は幽霊か」



いや、幽霊やとは思ってへんけど、普通音もなくいきなり後ろから顔出されたら驚くやん。俺の反応、おかしないと思う。

肩から顔を出して携帯画面を覗こうとしてきた謙也さんの顔面を平手で押し退ける。ベチン、と乾いた音と共に「いったあ…」なんて不満そうな声が聞こえてきたのには敢えて耳を塞いでおくことにする。無防備に手のひらで開かれたままの携帯は、ぱくっと閉じてポケットに乱雑に捩じ込んだ。



「謙也さんのエッチ」

「確かに今のは俺が悪いけどさあ、やからって叩くことないと思うんやけどなあ」

「叩いてませんもん。ちょっと退けただけやし」

「…覚えとけよ。わりと痛かってんからな、今の」



恨めしげに眉を寄せてわざと不機嫌な表情をする謙也さん。その不機嫌さも本気じゃないとわかっているから軽く笑い飛ばして、すぐ横にあった下足箱を手摺代わりに体を支えて立ち上がる。冷たいコンクリートに長い時間腰をつけていたせいか若干尻が痺れてしまっていて、じんじんと地味に響いてきた。思わずそこをさする。



「だいぶ待った?」

「んーん、そんなに」

「さよか。ほんなら帰りますか」

「うん」



ラケバとペラペラのスクバを肩に背負う。謙也さんは下足箱からスニーカーを出し、俺はあらかじめ3年の玄関まで持ってきていたスニーカーに足を入れた。昇降口を出ると西日が建物の向こう側に落ちていくのが見えた。その隙間から漏れる真っ赤な光が容赦なく視覚を刺激して、視細胞が全部死んでしまうんじゃないかって思うくらい眩しい。



「もうすっかり秋やなあ」



ぽっと何気なく呟かれた言葉に謙也さんの方を見る。脱色されたカナリヤみたいな色の髪は、燃えるような夕日のせいでほんのりと朱色に染まり、謙也さんが歩を進める都度キラキラと反射して揺れていた。綺麗だと思う。ふわふわな謙也さんの髪は傷んで枝毛だらけではあるが、ずっと触れていたいと思ってしまうくらい触り心地が良い。俺のお気に入りの手触り。けれど謙也さんに「髪、綺麗」と告げても彼は苦笑して、「財前のが綺麗」と、いつもそう返すだけ。それは謙遜とか気を使ってだとか、そんな言葉ではなくてどうやら本心からそう思っているみたいだから、毎回俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。

そんな綺麗な髪をこうして隣で見つめるのも随分とご無沙汰だ。というか先ず、こうして二人で帰るのが久しぶりだったりする。謙也さんは図書室で勉強で俺は部活。終わる時間が被るから久々に一緒に帰るかってなって、そんなこんなでこの状況。だいぶ久しぶりの生謙也さんに内心すごく楽しみだったなんて本音は、心の中だけにとどめておく。恥ずかしいし。

ぴかぴか輝く髪を眺めながら住宅地を歩く。謙也さんは少し顎を上げて何かを探すようにくるくると視線をさ迷わせている。その視線の先にあるのは、いろんな薄さや形をした雲が漂う秋空や、家の塀や垣根を越えて道に伸びているオレンジや赤などの暖橙色の葉を着込んでいる木々。確かに秋やなあ、と心の中で謙也さんに同意して、小さく頷いた。



「秋ってすきやなあ、俺」

「それは意外っすわ」

「何で?」

「夏とか春とかのがすきそうな気ぃします」

「あー、夏とか春も確かにすきやで。けど秋はなんちゅうか、なあ…」



言葉を探しながら語尾を曖昧に濁す謙也さん。そんな彼を横目に、不意にヒュウっと吹いた冷たい風に身が震った。昼間、日が出ている頃は学ランを脱いで半袖になってやっと丁度良くなるくらいの暖かさなのに、夕暮れ時にはそんな暖かさが嘘のように冷えて行き、夜になれば本当に寒くてかなわない。これは今年の冬も寒そうやな、なんてことを最近眠る前の布団の中でよく考える。

さむ、と漏らして肩をすくめて学ランの袖の中に指先を隠す。そうすると、ふと上ばかり見ていた謙也さんがこちらを見て、隠した俺の手に手を伸ばしてきた。爪と爪がカチッと触って、控えめだが確かめるように俺の手をとった謙也さんは、俺の手を握り込んではふへ、と照れたように笑う。



「ほら、こういうの」

「こういうの?」

「暖かいときやと暑てできひんし、逆に冬とかやと手袋してるやん」

「はあ」

「こうやって直接ざいぜんと手繋げて。やからなんかええなって、秋」



謙也さんは希に、今のように少女漫画に出てくる台詞みたいなものを躊躇いもなく口に出す。ふへへ、とだらしなく緩む口元とほんのりと染まる頬が小憎らしくて、でもそれはそれは可愛いからべろべろにあまやかしたくなる。たまに計ってんのとちゃうやろか、と思うくらいに言動とか仕草とかが的確にツボをついてきて俺の心を震わすから。もう、なんか、一生敵う気がせえへんのですわ。悔しいことに。



「人きたらどないすんの」

「この時間なら来おへんよ」

「ふうん」

「あ、嫌やった?」

「いえ?別に」



寧ろ嬉し楽しい大好きですけど。ふ、と笑みを溢して節くれの指に指を絡み付かせ、先ほどよりもぴったりと手のひらをくっつけた。人より体温の低い俺の手と、人より体温の高い謙也さんの手は、足して割ると丁度いい。

会えない分、会ったときの時間を大切にしたい。メールのやり取りが増えた頃、謙也さんがそう言った。会ったときにたくさん笑って、ああやっぱ好きって思いたいからって。それが理由で増えた機械越しの会話たち。



『会いたい気持ち高めれば高めるほど深まる愛って、なんか良いやん?』



なんて、笑ってそんな大人みたいなことを無邪気に言われたら、黙ってそれに従うという選択肢以外俺の中には残されちゃいなくて。俺はガキだから。会いたいと思ったらなにがなんでも会いたいし、たくさん会って深める愛の方が大事なんじゃないのかって、思ってた。それは未だにたまに思ったりする、けど。



「…やっぱり、すきっすわ」

「うん、おれもやっぱりすき」

「…深まりましたかね、愛」

「現在進行形で深まっとるやろー」



ちょっと古くさくてロマンチストな謙也さんに付き合うのもまんざらでもないなあなんて。思った俺は多分、この人に現在進行形で毒されてる。





おててつないでみなかえろ




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