「…え?一緒に、って」

「こっちで。一緒に」


突然、あまりに自然にそう言われたものだから。俺は謙也さんと目を合わせたまま暫しの間固まってしまった。謙也さんといるときはついつい気持ちが緩んで頭の回転が鈍くなるからいけない。


「…イヤ?」

「嫌、とか、そういう話やのうて…やって、仕事は?」

「仕事、異動になってん」

「向こうの家は?」

「アパートはもう引き払ってきた」

「こっちで、どこで住むん?」

「それなんやけど、ここよりもうちょい便のええとこ探そうや。駅からちょお遠いし」


現実的なことばかり尋ねる俺に返答しつつも、謙也さんは気まずそうな苦笑を浮かべていた。違う、違うんです。俺かてこんなことが聞きたいわけやなくて。こんなことを、言いたいわけやなくて。


「わかっとるよ、大丈夫」


若干混乱している俺の手を引いた謙也さんは不意に俺を抱き締めた。逞しくてしっかりした謙也さんのあたたかい体に包まれて、それまで詰めていた呼吸がふっと楽にできるようになる。「ゆっくりでええよ」と俺の後頭部を撫でる謙也さんの声が耳元で低く、静かに諭した。あたたかさと、声と、謙也さんが好きな香水の仄かな香り。それらはみんな、俺を落ち着かせるには充分すぎる効力を持ち合わせていた。

はあ、と深く息を吐き出す。それから、謙也さんの背中に腕を回す。確かめるように指を這わせてしがみつくと、謙也さんはぽんぽんと軽く俺の頭を叩いた。


「びっくりさせてすまんなあ」

「…ほんまですわ」

「なあ、」

「なんですか」

「さっきの、返事、ほしい」


今しがたのの気迫と包容力はどこへやら。弱々しく、自信の無さそうな声で懇願してきた謙也さんに、俺は思わず噴き出した。今日は普段よりも変にかっこよすぎると思っていれば、なんてことはない、いつものへたれた謙也さんがここにいる。そのことが俺に少しの余裕を取り戻させてくれた。


「…謙也さん、クサすぎやねん」

「…え?」

「あなたを大切にしますって、ほんま、プロポーズみたいやし」

「…いやいや、みたいやのうて!れっきとしたプロポーズやし!」

「…ああせやから、スーツとブーケやったんすね」


謙也さんの体を少し押して離れ、彼の手にあったブーケをさらうように受けとる。鼻先を花々にくっつけるとふわりと香った甘い甘い香り。自然と口元が緩む。


「ええ匂い…」

「財前、」

「…俺、収入ないし家賃あんま払えませんよ?」

「そ、それは全然、問題ない!」

「就活中やから、家事も全部は引き受けられへんし」

「それも分担してやる!」

「ほんなら、まあ、同棲したりますわあ」

「えっほんま?ほんまに?」

「ほんまに」

「後悔、せえへん?」

「せえへんよ」

「…よ、よかった」


そう呟くと、よっぽど気を張っていたのか、謙也さんは一気にその気が抜けたかのように俺に凭れかかってきた。顎を肩に乗せられて、ふわふわと浮く癖毛が頬を擽る。俺は力の抜けた謙也さんの体を抱き締めて彼の頭を撫でた。本当に、これじゃあさっきとは立場がまるで逆だ。

今の関係で満足はしているけれど、一緒にいられるのならそっちの方が断然いいに決まっている。寄りかかれるところに、ちゃんと謙也さんがいてくれるなんて、こんなに良いことはない。こんなに素敵なプレゼントは他にない。俺は謙也さんのなめらかな片頬に手を添えてじっと彼を見つめた。


「ちゃんと大事にしてくださいね」

「当たりまえや。これがその誓い」

「ほんなら、鉢のやつも買いましょうか」

「うん。一緒に育てよ」


額と額をこつりとくっつけて、謙也さんの誓いのしるしであるアイリスに二人で顔を寄せ合う。枯れてしまわないように、大事に大事に育てよう。

子供でも授かったみたいですね、と冗談めかして言えば謙也さんはそうやなと言ってとびきり幸せそうに笑う。

俺も、涙が出るほど幸せだと思った。




HappyBirthday Hikaru!!
2012,7,20(kazuha)


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