*2012年光生誕祝い小説


大学生になって、4度目となる夏を迎えようとしていた。

7月も下旬となれば日中の気温は30度を超える日もある。そんな暑い日が数日間続いているため心底うんざりしていた。

大学から帰り、一人暮らしをしているアパートの一室の扉を開けた途端、室内からはこもった熱気が溢れて思わず顔をしかめる。息が詰まりそうな空気でいっぱいの部屋に入り荷物を適当に放り、俺は真っ先に窓を開け放った。夕暮れ時の涼しい風が熱で満たされた室内に滑り込んでくる。そこでようやく一息吐きだす。

ふと足元を見やる。視界に捕らえたのは狭いベランダの隅にぽつんと据えられた一つの鉢。鉢から上へ伸びる茎の先にはたくさんの花がほころんでいる。真っ白な花弁はまるで風鈴のように根本がふっくらと膨らんでおり、風に靡いて小さく揺れていた。

俺は鉢をそっと持ち上げ、ベランダから室内へと移動した。裸足でペタペタと床を進み台所まで行く。シンクに鉢をそっと据え、カップに半分くらいまで水を入れて少し乾いた土にそれを注いだ。


「もう、お前も1歳やな」


花輪にそっと指先で触れ、呟く。俺は、園芸の趣味はないから花なんて自分では絶対に買わない。これは昨年のこの日に大切な人にもらった、大切な花。現在東京で暮らしているその人は俺よりひとつ年上で、恋人だ。俺が今住んでいるのは大阪なのでいわゆる遠距離恋愛というやつ。あの人と距離を置いて過ごすようになってから今年でもう5年目になる。5年目ともなれば今さら会えなくて毎日がつらい、とはなかなか思わず、ただふとしたときに寂しいと感じたり会いたいと思ったり、そんな程度。それだけ俺はあの人を信頼していたし、あの人も俺を信頼してくれていた。だからこそ長い間離れていてもここまで通じあえていたのである。穏やかで、目には決して見えないが確かな繋がりが感じられる今の関係を、俺は心地よく思っていた。

その人は大学1年から3年にかけて花屋でバイトをしていた。それがきっかけで花に興味を持った彼は、一時期さまざまな植物について結構調べたらしい。名前、育て方、生息地。中でも一番熱心に調べたのは花言葉についてだそうだ。

そんな彼が俺の誕生日に花の鉢を贈ってくれるようになったのは、俺が高3のときから。なんで花、と怪訝に思っていた頃はもう遠い昔の記憶だ。なつかしい。見た目にそぐわずロマンチストな彼から贈られたその花に込められた意味を知るときの、ほんの少しの呆れと、目一杯の嬉しさと、ちょっとした擽ったさが、今では毎年の楽しみだったりするのである。

はじめて届いたのは、確かまだ花開く前のヒマワリの鉢だった。花言葉は『あなただけを見つめる』。そういえば、あの頃の俺は遠く離れて行ってしまったあの人との距離にどうしようもなく不安を感じていた。だから、このヒマワリに託された言葉には本当に救われたのだ。陽に向かって日々背を伸ばす一輪のそれは、ずっと空っぽだった心の隙間を少しずつ埋めてくれた。

その次の年の7月20日には真っ赤な花を実らせたアルストロメリアという花が贈られてきた。花言葉は『幸福な日々』。あのとき、彼は電話越しにそれは自分の気持ちだと言っていた。離れて1年経った今でも、変わらず俺と通じ合えていて、毎日がとても幸せなのだと。それは俺も同じだと告げたたらふふふと帰ってきたあの笑い声は、鼓膜にずっと残っている。

翌年の、俺がようやく20歳を迎えた日。その日はピンク色のアンスリウムの鉢を抱えて、あの人は直接祝いに来てくれた。「この花の意味は今の財前に一番ぴったりで、この先も大事にしてほしいこと」らしいはなむけの言葉は『飾らない美しさ』だった。

この3つのプレゼントたちは現在、実家の庭に植え替えてあり母親が大切に管理してくれている。そして今手元にあるたった1つのこの鉢に植わっているのが、去年の今日という日にもらったカンパニュラである。カンパニュラの花言葉はシンプルに『感謝』。毎年、俺の誕生日には何にも勝ってこの気持ちを感じているとあの人は嬉しそうに言った。「生まれてきてくれてありがとう」だなんて、簡単で月並みで、何の捻りもない言葉なのに。あの人に言われるとなぜだか涙が出るほどに嬉しかった。そういえば電話口で珍しく泣き出した俺にあの人、面白いくらい狼狽えてたっけか。

1つ1つの記憶を丁寧になぞりながら、ゆったりと1度瞬く。睫毛を起こせば目の前に広がる薄紫の花に思わず笑みが漏れた。さて、今年は一体どのように祝ってくれるのだろう。今朝からまだ1回も連絡をとっていないけれど、一週間ほど前に今日の予定は聞かれたので忘れているということはないと思う。たっぷり潤った鉢を大事に大事に抱え上げて、花たちに鼻先を寄せた。優しく匂う香りを吸い込んでは浮き立つ胸の内を落ち着けようと励む自分が恥ずかしくて、とてもおかしかった。






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