せっかく俺が泊まりに来たのに、謙也さんときたらさっきからずっとペットのことかまってんの。まあ、確かに今回の泊まりの目的は謙也さんちにあるワンピースの読破だし。俺も謙也さんのことかまうわけでもなく床に転がって単行本読み耽っている最中なわけだけれども。でもなんか、おもんないねんて。なあ。わかってよ。



「謙也さあん」

「なんやー、もう次か?」

「…まだ空島終わっとらんからいい」

「そこめっちゃ泣けるからちゃんとじっくり読めや!」



なあースピーディーちゃん、やって。アホらし。俺には絶対に吐かないような甘い声をかけては愛しのイグアナ様を抱き上げてベタベタキスをする謙也さんが気になって、漫画の内容なんかちっとも頭に入ってきやしない。謙也さんにキスされてええのは俺だけやのに。とか言ってみたら謙也さんはなんて言うやろか。きっとまんざらでもない顔して笑って、アホかって言うと思う。なんでかな、そんな謙也さん想像したら心臓きゅってなった。

俺は手にしていた漫画をぱたんと閉じ、単行本の山の一番上にそれを据えた。そのまま床を這って謙也さんがイグアナ様とじゃれているベッドまで行った。近づいてきた俺に気づいた謙也さんは少し不思議そうな顔で「ん?」と笑う。あ、今の顔、無防備で好きやなあ。



「漫画は?もうおしまい?」

「借りて帰ってもええですか」

「別にええけど…読んでけばええのに」

「…勿体ないからいい」

「ええ?」



勿体ないって何が?
いえこっちの話です。

そんなやりとりをしながらベッドに乗り上がる。それから俺は謙也さんの胡座の上を占領しているイグアナ様を丁寧に取り上げて、代わりにそこに上体を落ち着けてやった。背中を謙也さんの胸に預けて振り返り見上げる。すると普段の俺らしからぬ行動にぱちくりする大きな目と目が合った。



「…珍しなあ、いつもべたべたすんの嫌がるのに」

「気分っすわ」

「なんやこのアングル、恥ずかしいわ」



慣れへん、と照れたよう赤い頬を掻く謙也さんはかわいくて、少しばかり心臓が鳴く。謙也さんの持ち味である底抜けの優しさ、それを顕著にあらわすように細められた目はどこまでも柔らかい。俺は謙也さんの胸元に頬を擦り寄せた。



「ねこみたいやな」

「可愛えやろ」

「うん、可愛え」

「イグアナ様よりも?」

「(様…?)ううん、それはどやろなあ」



本物の猫にするみたく俺の喉を指でくすぐりはじめた謙也さんの返答はひどく曖昧だった。その上、謙也さんは俺の腹の上で大人しく収まっているイグアナ様を見ては先ほど俺に見せたのと同じようにいとおしそうに目を細める。それがなんだか無性にムカついて、謙也さんの指を捕まえて弱くかじってやった。まだ謙也さんとそういう関係になって一月とちょっとだけれど、あとどれくらい一緒にいたら俺は謙也さんの中での不動の一位を獲得することができるのだろう。なんでもかんでも抱えて大事にする人やから、ずいぶん先かもなあ。なんて気が遠くなる思いをしながら指先をがじがじと甘噛みし続ける。



「んー?お腹でもすいた?」



なんでそうなんねん。謙也さんってばほんまにケーワイ。あまりにも鈍すぎて、本気なのかわざとなのか、俺にははかり知れない。さっき飯食ったばっかやのにまだ腹はいっぱいやし。とんちんかんなこと言いおってまったく、いっそこの指食いちぎったろかな。いや冗談やけど。



「…すいた」

「なんか菓子でも開けるか?」

「謙也さんが食べたいな」

「はあ?」



言ったった。いっぺん言ってみたかってんこれ。俺はぽかんと固まる謙也さんを放って立ち上がり、抱いていたイグアナ様をゲージの中に戻す。ガラス越しに見た眠たげな目が俺を小さく睨んでいるようにも見えたが、ふっと笑って知らんふり。再び謙也さんの元に戻って正面に膝立ちの体勢をとると、謙也さんは緊張した面持ちで肩を強張らせた。



「え、なに、本気なん?」

「俺謙也さんに嘘つきませんやんか」

「…あかんて、まだ心の準備が、」

「知りません」



怪獣にでも襲われかかっているような顔で、にじり寄る俺を見つめる謙也さん。不安げな顔に覚えるのは申し訳なさではなく寧ろ心臓の疼きや興奮ばかり。ああもう、そないなふうに見たかて俺はそそられるだけですよ。恋人の質くらい、いい加減わかってくださいよ。

萎縮した体に跨がって、細身な肩に両手を沿える。そのままゆっくりと後方に押せば沈んだ体の主は、困ったような表情をしてからその顔を両手で覆ってしまった。



「なんで隠すんすか」

「…近いんやもん」

「恥ずかしいん?」

「慣れへんねん、この体勢」

「ええ加減慣れてくださいよ。もう3回目ですやん」

「まだ3回目やろ!」



顔を隠したままもごもごと喚く謙也さんの手の甲に唇をくっつけてみる。ちゅ、と小さく音を残して離すとゆるく押さえていた肩がひくっと跳ねた。それでも手を退かさない。ならば、と今度は指の付け根に犬歯を立ててがりっと噛み付いた。そうすると「おうわっ」と変な声を上げた謙也さんの手がようやく剥がれた。



「いたっ、痛いって!」

「大袈裟ですよ」

「やって歯のあとついたやんけ!」

「キスマークみたいでええですね」

「き、す、まーくって…お前、」



しゅるしゅるしぼむ風船みたく、さっきまであんなに良かった威勢が落ち込んでいくのがよくわかった。顔真っ赤にして、ほんま可愛え。

キスマークなんて単語に恥ずかしがり視線を伏せた謙也さんから初々しさは未だに抜けない。まだ3回目とか言いながら、いくら回数を重ねても謙也さんが慣れる日が来ることは疑わしくて。そう考えたら下にいる年上の彼がかわいかったから、とびきりに優しくしてあげたいと、そう思ってしまったわけである。




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