※母の日思いつきネタ
※腐要素なし



今朝起きてみたら一件のメールが届いていた。同じ部活の謙也からだった。『今日の朝練時間ギリギリまで来んといて!』だそうで、なんでと返したが返事は来ない。はて、一体何かあるのだろうか。今日は日曜日だが普通に朝から夕方までみっちり練習がある。練習の開始は八時半からだけれど部長の俺は早めに学校に行って部室の鍵を開けなければならないし、練習の前に少し自主的な走り込みをしたいと思っていたのに。これじゃあせっかくの早起きも意味を成さないじゃないか、と俺はベッドに再び身を沈めた。

それからしばらくして、はっと目を覚ました。眠るつもりはなかったのにいつの間にか寝てしまっていた。急いで時刻を確認すれば八時の丁度五分前。俺は慌てて飛び起き支度を始めた。パジャマから制服に着替え荷物を持ち、階段を駆け下りる。朝食の食パンを口の中に無理矢理詰め込んでいると今まさに起きたばかりといった風なゆかりがダイニングに現れ、おはようもなしに「くーちゃんが寝坊なんて珍しい」と大きな欠伸をこぼした。そんなゆかりに「おはようさん」とだけ声をかけて俺は席を立った。次に目指すは洗面所だ。顔を洗い歯を磨いて髪の毛を適度に整える。いつもはワックスも使うが今日はそんな時間はない。それから、「いってきます!」と雑に声を張り俺は荷物を持って玄関を飛び出した。自転車のサドルに跨がり、学校に向けて普段よりも急いで愛車をこいでゆく。ギッ、ギッと力強くペダルを踏みしめる都度チェーンが悲鳴をあげている。そんな壊れそうだと言わんばかりの悲鳴にもかまっている余裕などなかった。

ずいぶんと急いだが、信号という信号全てに行く手を阻まれたため、結局学校についたのは練習開始の二分前だった。いくらギリギリに来いと言われたからといってこれはギリギリすぎる。部長としての面目が立たない。落胆しつつも全速力で部室まで走り扉を勢い良く開け放った。


「遅なってすま、」


そこまで言いかけたところで、室内にはパンパンッと何かが弾けた音が鳴った。不意なことに心底びっくりして、俺は肩に提げていたエナメルのカバンを思わず床に落としてしまった。ドサッと重たい音が響く。はっと我に帰って気づいたのは、入室した俺を囲んでいる部員たち。皆が一様に笑っている。それから、部屋が異様に火薬くさい。


「しらいし遅いー」

「ギリギリに来い言うたけど遅すぎるわ。待ちくたびれたで」

「え、は、え…?なんなん、これ、」

「さて、なんでしょう!」


にやにやと濃い笑みを浮かべる面々対状況の読めない俺。なんだこれ、完全に分が悪い。と思ったとき、困惑する俺の目の前に一歩踏み出したのは金太郎と財前の二人だった。そして、彼らはいきなり背中に隠していた何かを俺の顔の前に差し出した。突如、視界が真っ赤で埋まった。


「わっ」

「いつもありがとうですよ、部長」

「感謝の気持ちやで!白石!」

「えっ?は?な、なんかしたか俺…」

「くらりん、今日はなんの日?」

「え、今日?」

「五月の第二日曜日やで」

「五月の第二日曜日は、母の日、やけ、ど」


二人の後輩から差し出されたのは赤いカーネーションの大きな花束だった。押し付けられるように手渡され、しぶしぶ受け取りながら小春とユウジの質問に答える。今日は母の日。母親に日頃の感謝を表す日。そしてカーネーションは母の日にプレゼントとして贈られるメジャーな花。


「…ちょお待ってや、俺お前らの母親とちゃうやん?」

「んなことなか」

「似たようなもんや」

「そうやで」


千歳、小石川、銀にまで否定されて柄にもなくうろたえた。そんな俺の肩を突然ガバッと組んできたのは終始ゆるみまくった顔をさらす謙也。


「いつも母さんにはお世話になっとるからな。世間様に便乗してん」

「また、お前らは…」

「白石は俺らにとっちゃ大事な母親みたいなもんなんやで?」


にしし、なんて顔のすぐ真横で笑われて。ぐるりと周りを見ればみんなが笑っていて。それだけで胸の辺りがぽっと火が灯ったようにあたたかくなり、その暖はじわりじわりと指先や頭のてっぺんまで広がりつつある。


「あほうやなあ、自分ら」


祭り事が好きなこいつらが軽いノリでやってんのかもしらんけど、こういう冗談はやめてんか。マジ泣きしそうやから。

みんなに合わせて破顔したのは、じわっと滲んだ目元を誤魔化すためでもあったし、素直に幸せだとも思ったからだった。



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『母の愛』は赤いカーネーションの花言葉。


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