※財前先生×生徒♀謙也。女体化注意。 机に頬杖をつき、窓の外をぼんやり眺める。グラウンドの隅にあるテニスコートにはもうすでにたくさん部員が集まっておりストレッチをはじめていた。自分だって、いつもなら一番にあそこについているのに。そう思ってコートの方を睨んだとき、急に頭のところでパンッと軽い音が弾けた。 「った!」 「ほら、補習の課題プリント。ぼけっとしとらんとはよやり」 「…先生のせいで頭の細胞死んだ」 「ほんな強く叩いてへんやん」 「アホになったらどないしてくれんの!」 「それ以上どうアホになるん」 「なんやと!」 叩かれた頭を抑えて睨み上げると、財前先生はプリントを差し出したまま鼻で笑った。全く忌々しい。もとはと言えばこの人が「世界史のテストで赤点取ったやつは放課後補習」なんて言い出さなければうちは今頃テニスの練習に励んでいたのだ。それなのにこんな、一人きり教室に残されて課題だなんて。今回に限って赤点をとったのがうちしかいないだなんて。まるで意図的におとしめられたような気分だ。 「全部埋めれたら解放したる」 「うええ」 「部活行きたいんやろ。つべこべ言うな」 「…口わっる」 「倍に増やしたろか、ん?」 「すんませんでした今すぐやります」 財前先生は学校一口も態度も悪い先生だとうちは思う。(ほんま、とんだ教師や。)けれど、女の子の友達にそう言ってもみんな口々に「嘘だあ」と笑うのである。みんなに言わせると「財前先生ほどかっこよくて優しい先生は日本中捜してもそうそういない!」らしい。どうやら財前先生は、口も態度も他のどの先生より悪いけれど、猫を被るのも他のどの先生よりもうまいみたいだ。彼の本性を知っている身としては、財前先生が優しいだなんて嘘っぱちだとしか思えないわけである。 先生はいつも、自分の担当教科である世界史ができないうちをことあるごとに呼び出しては馬鹿にしてくる。確かに、呼び出されるような成績を取るうち自身も悪いとは思う。思うけれど、でも、先生のこのずさんな対応はいかがなものかとついいつも突っかかってしまうのだ。そんなわけで、うちはみんなのように先生に夢を見ることができない。もう一度言っておく。先生が優しいなんて嘘っぱちや。 頭の中でのみ、散々文句をたれつつプリントに向かっていると、先生がどこかの席から椅子を引っ張ってきて隣に座ってしまった。一瞬頭の中で考えていたことがバレたかと思って焦ったため、額に冷や汗が滲んだのを感じた。やめてください、そんなに手元を覗き込まないでください。 「み、見られとったらできひんのですけど…」 「単にわからへんだけやないの?」 「うっ…確かにそれもあるけど…」 「…そのはじめのやつは授業でやったばっかのとこやからわかるやろ」 「バルカン半島…って、えっと、」 ちらり、と目だけを横に向けると、案外近いところに財前先生の顔があったのでびっくりして心臓が飛び上がった。綺麗な真っ黒の瞳と目が合ったけれど、思わず条件反射で視線を反らす。 …あれ、なんで今目ぇ反らしてまったんやろ。 「ろ、ロボットの名前…」 「はあ?ちゃうわあほ。ロボットなんか世界史で習わへんやろ」 「…わかりません」 「お前なあ…バルカン半島っちゅーのは第一次世界対戦で、」 わざわざ説明してくれる先生の低い声を聞き漏らさないようにと耳への意識を高めるけれど、先ほどのどきどきの余韻がまだ胸に残っているからうまく集中できないでいる。 財前先生がかっこいいかっこいいて言われるん、よおわからんかってんけど確かに近くで見たら綺麗な顔しよる。男テニの部長の白石のおかげでイケメンに耐性はある方やと思うけど、なんか、あかんわ。いっぺん意識してまったら緊張するばっかり…。 「聞いとんの?」 「うえっ?」 ぼうっとしてるのがバレたのか、頭を片手でわしっと掴まれて先生の方を無理矢理向かせられた。そのまま顔をグッと寄せられて先生の双眼がうちを近くから見据えてくる。 「ひぃっ、ちかっ!」 「ひぃっ、てなんやねん失礼な」 「離してや!」 「俺の話無視しとんな」 「わ、わかったから、ちゃんと聞くから!」 「…、なんでテンパってんねん」 そう言って、困ったように少し笑った財前先生の細くなった目を見て、なぜかは知らないけれど体の中にじわっと温かさが滲んだ。テンパってへんし、なんていつもみたくむきになったみたいに突っぱねてみる。でも、おかしい調子は治らない。こんな感覚はじめてだ。なんだろう、変なの。 頭を掴んだままの財前先生の手はなかなか離れなくて、仕方なく目だけを下に向ける。いつの間にか鼓動が狂ってしまっていてどうしようもなく焦った。焦る必要もないのに。やましいことは何もないのに。きっと、先生の綺麗な顔が迫力ありすぎてビビっているだけだ。なんてヘタレなんや、自分。 「忍足」 「な、なんです…んぐっ」 名前を呼ばれて返事をした途端、先生の指に持たれた何かがうちの口の中に突っ込まれた。いきなりのことに心臓が止まるくらいびっくりして、気がついたら口内には甘い塊がごろついていた。 「なんこれ…キャラメル?」 「糖分とると集中力上がるからな。それ食べてちゃんと俺の話聞きや」 「……はーい」 キャラメルを舌で転がせばじわじわ溶けていく甘さが喉の奥まで侵食する。唇に残っている先生の指の感触のせいでまだ当分集中できそうにもないけれど、意識しているのがバレないように、うちは生返事をして誤魔化した。 ねえ、財前先生。先生のせいでおかしくなった心臓の治した方も、質問したら教えてくれますか。 |