※森に住む子犬な謙也と子猫な光のお話。獣化でパロディ注意。
※話し言葉はひらがななのでとても読みづらいです。





雪が溶けて春になると、住処のある森にはあまたの緑が芽生え始める。冬ごもりしていたかえるやへびやくまも長い眠りから目を覚ます。静かだった森の中が一気に賑やかに華やかになる春が、おれは大好きだ。

通いなれた道を駆け抜けながらきょろきょろと辺りを見渡す。天気ははれ。陽気は春らしくぽかぽかと暖かい。この分だと、ずっと心待ちにしている穴蔵脇のたんぽぽの蕾もすぐに開くだろう。黄色い花輪を想像したらなんだかたのしくなって、自然と足が速まる。もしさいたらひかるにも見せたろ。ほんで、たんぽぽのわっか作って被せたろ。ひかるの真っ黒い毛に絶対にあう。



「ひかるー!」



いつもの遊び場についたおれは大声でひかるの名前を呼んだ。ぱたぱたと背中ではせわしなくしっぽが左右に動いている。耳の先をぴんと尖らせて、ひかるの音を一生けんめい探した。目もぱっちり開いて周囲にくまなく視線を送った。

けれど、いつもなら呼んだらすぐに出てきてくれるのに、今日はしばらく待ってみてもひかるは現れてくれなかった。もう一度おおきな声で名前を呼ぶも、そばたてた耳に入ってくるのはさわさわと揺れる木々の囁きと小鳥のさえずりだけ。



「…あれえ?」



思わず首を傾げる。まだ巣で寝てんのやろか、なんてひとりごちて、おれはあたりを探すことにした。(待つのは苦手や。)

新芽が足の裏をくすぐるのを感じつつも、葉の繁った場所をかきわけて目当ての真っ黒な子猫を探した。視界にはこれだけ緑ばかりなんだから、あのからだはすぐに見つけられる自信があった。ひかると名前を呼ぶのも忘れずに、がさがさと手や頭を茂みに突っ込んでおれは友達の姿を捜し回った。

木の上、木陰、ちいさな池の中。いろんなところを手当たり次第に捜しまくる。ずいぶんと捜して、遊び場よりも少し離れたところにたどり着いたとき。おれはふと視界の端に映った真っ黒なしっぽを見逃さなかった。

この森の中でも一番おおきな木の下にひかるはいた。大木の前でこちらには背を向けてうずくまっている。そんなちぢこまった背中に向かって、そろりそろりと一歩、また一歩と近づいていった。ひかるはおれに気づいていないみたいだ。よし、おどろかしてやろう。溢れる笑みをかみしめて忍び寄る。



「ひかるみっけ!」

「!」

「どや、びっくりしたやろー」



わっと背後から声をかけると、ひかるはビクッと体を跳ねさせておそるおそるおれに振り替えった。その真っ黒な目はおれを映してゆらゆら揺れている。わはは、と笑ってみせるがひかるは特に反応を見せることもなく、再びそっぽを向いて体をちいさく抱え込んでしまった。



「え?あれ?ひかる?」

「…」

「おーい、ひかるくん。もしかしておこった?」



いきなりおどかしたから怒ったのだろうか。ひかるの隣にしゃがみこんで覗きこんでみるけれど、立てられたひざに埋まった顔色をうかがうことはできない。もう一度、おこっとるん?と訊くとひかるはちいさくふるふると頭を左右に振った。どうやら怒っているわけではなさそう。



「どないしたん?なんかあった?」

「…なんも、ない」

「うそやん。げんきない」

「…なんもない」

「…きょうは、あそばんとく?」



今気づいたけれど、今日のひかるの声はいつにも増して弱々しい。それに普段は尖りすぎってくらいぴっと立っている耳だって、今は力なくへたっている。体調でも悪いのかな、と心配になって優しく声をかけると、ひかるはゆっくりと顔を上げておれをひかえめに見上げた。その表情は今にも泣き出しそうな悲しいものだった。



「おなかでもいたいん?それとも、かなしいことでもあった?」

「…」

「なあ、おしえてや。ひかるがかなしいと、おれもかなしいねん」



森の中で一番のなかよしのひかる。いつもいっしょに遊んでくれる、大好きな子猫のひかる。ひかるは年下で体もちいさいから、おれにとっては弟みたいなもの。そんなひかるが苦しんでいるすがたは見たくない。ひかるにはいつだって元気でいてほしい。

小首をかしげてきいてみる。するとひかるはほんのちょっとためらいながら、ぽつりぽつりとうち明けてくれた。



「あんな、さっき、ねこのともだちにいわれてん」

「なんて?」

「ひかるは…ヘンやって」

「ヘン?」

「ひかるはねこやのに、いぬのけんやくんとあそぶのは、ヘンやって…」



言葉尻をちいさくちいさくしぼめてひかるは言った。そんなひかるの言葉におれのしんぞうはギュウっと締めつけられたみたいに痛くなった。

ふつう、犬と猫はあまり仲良くしないというのがおれたちの常識だった。猫はみんな、犬は考え無しで威張りんぼうだからと言って毛ぎらいする。犬もみんな、猫は弱いくせに陰険でバカにしてくると言ってきらっている。おれもひかるにあう前はそう思っていたし、多分ひかるもそうだろうと思う。

でも、ちがったんだ。ひかるは猫だけど、弱くも陰険でもなかったし、イヤなことはひとつも言わなかった。遊ぼう、と声をかけたおれのこと、受け入れてくれた。困っているおれに手を貸してくれたこともあった。なにより、たのしいときも苦しいときもそばにいてくれた。おれはひかるが好きだ。犬とか猫とかそんなの関係なしに、ひかるがただ大好きなんだ。

けれど実際は、おれとひかるが仲良くしていることをわるく言うやつらはたくさんいた。みんな「あの子とあそんだあかん」と口をそろえて言ってくる。だからこうしてひかると会うのは、みんなにはないしょだった。だれも来ないような森のおくでひみつであそんでいるのだけれど、それでもまだわるく言ってくるやつはいるみたい。



「…なあ、けんやくん」

「なに?」

「おれらって、ヘンかなあ」

「うーん。ヘンかもなあ…」

「そっか…」

「ひかるは、ヘンはイヤ?おれとおるの、イヤんなった?」



イヤんなった、なんて返されたらと思うとちょっぴりこわかったけど、なるべく優しい声でそうきいてみた。ついでに、まるまったひかるの背中をゆっくりなでてやった。するとひかるは長いしっぽをパタンと一回揺らしてから、「イヤやないよ」と呟く。おれはバレないようにほっとため息をはいた。



「けんやくんとはおりたいけど、ヘンっていわれるのはかなしかった」

「…そうか」

「いわれるの、かなしいから…」

「?」

「けんやくんも、だれかにそういわれたら、どないしよって…」

「…ひかる、」

「けんやくん、おれとはあんま、おらんほうがええよ」



…なんだ、だから今日はいくら呼んでも出てきてくれなかったのか。納得。

ひかるは真っ黒な体に真っ黒な瞳をしているからこわがられることが多い。けれど、ほんとうはとても優しい子なのだ。自分のほんとうの気持ちをおさえこんでまでおれのことを考えてくれる、うそつきでとびきり優しい子。



「…そんなんイヤや」

「でも、」

「ひかるとおられへんくらいなら、ヘンっていわれるほうがうんとマシや」

「…」

「おれ、ひかるといっしょにしたいことも、みたいもんも、まだぎょうさんあんねんで」



蕾の開いたたんぽぽをいっしょに見たい。あまの川に願いごともしたい。あと赤とんぼの群れとおいかけっこも、雪でお化粧された丘で雪がっせんも。それ以外にもあげきれんくらい、まだまだいっぱいある。

うるんだ瞳にうったえかけるように、おれは真っ直ぐひかるを見つめた。多分、ぜんぶひかるがおらんとおれはたのしくないよ。ひかるがおらんと意味ないよ。ひかるがおるから、なにしてもたのしいんだよ。とどけ、とどけって願いながら、そんな思いを言葉には出さずに視線だけでひかるに送る。



「あっ…いぬとねこがいっしょにおんのがヘンなら、おれらがヘンじゃなくしたらええやん」

「え?」

「おれらがなかようしとれば、きっとみんなもそのうちなかようなる!」

「…ほんまに?」

「なる!…はず!」

「…そこはいいきってくださいよ」



そう言って、ひかるはようやく笑顔を見せてくれた。その笑顔ひとつでそれまでの悲しい気持ちが一気に吹きとんだおれは、ほんとうにひかるが好きなんだなと改めて自覚した。

いっそいっしょにくらそか、と冗談めかして言ってみれば、それはめいあんですね、なんてくすくす笑われて。結局、その日は日が暮れるまで木の下でふたり、一緒に住むならどんな場所がいいかとか、エサは順番に取りに行こうかとか、おはようとおやすみだけは絶対に言おうなとか、そんなゆめ物語を語らった。



みんなはアホや。猫にだってこないに優しくて可愛くてええ子がおるのに、そんなことにも気づけへんのやから。早く気づいたらええのにな。




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