先生には一応いい顔をしているし、成績も問題はなく寧ろ良い方だ。だからと言って俺はそこまでいい子ちゃんにはなりきれない。話がつまらなかったら上の空にもなる。授業が退屈だったら抜け出してサボったりもする。


「白石って、ほんまズルいわ」


俺のあとを追って保健室までサボりにきた謙也が、不満そうに俺を小さく睨みつつ隣に腰を下ろした。彼の体重を受けた細いパイプのベッドがギシリと鳴った。俺は膝の上で文庫本を開いたままに首を傾げて見せる。


「ズルい?」

「ズルい」

「なんでや」

「お前が保健室行く言うたらみんな心配すんのに、俺が行く言うたらサボりやろって疑う」

「実際サボりやん」

「せやけどさあ…不公平や」


いじけたように唇を尖らせる謙也が年相応に可愛くて笑うと、「笑うな」とぴしゃりと叱られた挙げ句頬を摘ままれた。地味に痛い。


「みんな白石のこと買いかぶりすぎや…」

「うわ、それ失礼やで」

「俺、間違ったこと言うとる?」

「ううん正しい」


せやろ。謙也がにししと歯を見せて笑うので、俺は先ほどの仕返しとばかりに謙也の頬をむにりと摘まんだ。謙也の頬は餅みたく柔らかいから引っ張れば結構伸びる。「いひゃいいひゃい」と涙目になる謙也にまた可愛いなと思う。ここで少し補足をしておくと、俺が謙也に思う可愛いは好きと同じ意味合いのものだ。だからいつだっていくらだって思うし、飽きることなく言葉にだってしたい。言うと謙也が照れ隠しに殴ってくるのであまり言わないけれど。

少し弄んでから解放した謙也の頬は赤くなっていた。可哀想に。他人事のようにそう思ったのち、再び視線を下に落とす。どこまで読んだっけか、謙也がいきなり現れたせいで飛んでしまった。


「それなんの本?」

「推理小説。新聞部用の原稿の参考にするんや」

「ふうん。人気作家は大変なんやな」


まあ原稿の材料探し、というのは建前で、本当は歴史の黒船来航よりもどうしても犯人の方が気になったから抜け出して来ただけだが、謙也はどうせ俺の言ったことなんて信じちゃいないからいい。事実彼が吐き捨てるように言った「人気作家」なんておべっか、あれは完璧に嫌味である。


「せやなあ、天才人気作家は大変や」


ふざけてそう返し、俺と謙也は顔を見合わせて笑った。俺と、謙也しかいない二人きりの保健室で響くのは当然二人分だけの笑い声。保健医は今日は休み。この部屋も本当は施錠されていたが、職員室にいた適当な先生に体調不良を訴えたらすぐに開けてくれた。(ほら、俺って不真面目。)

廊下から見えないようにベッド周りを半分だけカーテンで仕切る。窓側は遮る布がない分、あたたかい日の光が俺と謙也が座るベッドにいっぱい降り注いでいた。背中がぽかぽかとあたたまってなんだか眠たい。俺が口を開けて欠伸をすると謙也も遅れて大きな欠伸を一つした。やっぱり欠伸はうつるもんなんや、と目を擦りながらぼんやり思う。


「あふ…ねむいなあ」

「寝たらええやん」

「ええー、せっかくサボっとんのに勿体ない」

「なんやそれ」

「白石なんかしよ」

「…しりとりでもするか?」

「ラ、イ、オ、ン!はい、おしまい!」


どうやらしりとりはご所望じゃないらしい謙也は、俺の愛読書をぱしぱしと軽く叩いて身を乗り出してくる。俺の私物なんやから乱暴にすんな、ととがめたい気分にもなったが、それより何よりかまってちゃんな謙也は存外悪くないので黙っておいた。強気で恥ずかしがり屋で、スキンシップが過ぎるとすぐに顔を赤くして怒るくせに、本当は寂しがり屋で二人きりになると無自覚に甘えてくる質の悪い奴。それが忍足謙也という男である。謙也のその性質を漸く理解したのは彼と恋仲になってから一ヵ月と一週間経った二週間まえのこと。


「今忙しいねん」

「えー、飴ちゃんやるから!」

「何味?」

「いろいろあるで」


外で輝く太陽にも負けないような明るさで目をきらきらさせた謙也は自らのポケットに手を突っ込んだ。そうして引き抜かれた手に握られていたのは見覚えのある四角いレトロな缶。ガラガラと音の鳴るそれの蓋を謙也はにこにこしながら開ける。本当、可愛いやつ。


「昨日買ったばっかやから何味でもあるで」

「ほんならレモン」


手のひらにバラバラといろいろな色の飴玉をあける謙也の手から、黄色のものを一粒もらって翳してみる。陽光を受けてぴかぴか反射する様子はまるで宝石みたいだと思った。お日さまの下で光を集めてきらめく謙也の髪と似ている飴を口に放る。酸味のある爽やかな味がくちの中にふわっと広がる、なんとも懐かしい味がした。

ころりと舌で転がし歯にカチカチとあてながら味わっていると、横からがりごりと何かが砕ける音がした。見れば謙也が自分が食べた飴を噛み砕いている。堪え性のない謙也が飴を最後まで舐めきったという話は今だかつて聞いたことはない。


「飴ちゃんは舐めるもんやで」

「溶けるのなんか待ってられへん」

「もう…虫歯になんで」

「歯磨きちゃんとするもん」


そういう問題とちゃうやろ。ああ言えばこう言う謙也に呆れてふう、とため息を吐いた。まったく謙也は何回言うても飴ちゃん噛むんやから。言ってわからんなら、行動で示さんとな。


「そういうこと言う悪い子にはこうや」


謙也の制服の襟首を掴み、ぐっと顔を近づけた。それから、一気に俺との距離が詰まって驚く謙也の唇を強く塞いだ。重なった瞬間にレモンとは違うスモモの甘さがふっと鼻を擽る。半開きの唇を舌で割るとその甘ったるさが濃厚に広がった。現状をやっと把握したのか謙也が肩を押し返して抵抗をしてくるが、そんなのにはお構い無し。こじ開けた口の中に舌の上に据えておいたレモン味の飴を転がした。


「んむう」

「うまい?」


唇を離して間近から謙也の瞳を覗き込む。真っ赤に染まる目元がうさぎのようで可愛い。弱々しい声で「ちかい」と言われたけれど、さらに顔を寄せて鼻先をくっつけた。吸い込まれるみたいに視線と視線が絡み付く。


「今度はちゃんと最後までなめてな」


これで当分静かになるだろう。耳まで真っ赤な謙也に一つ微笑んで、俺は小説に目を落とした。




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