きゅっと目蓋を閉ざし、じわじわと睫毛の先に涙が滲むのを感じてからゆっくり目蓋を起こした。すると一粒の滴が目尻を通り耳に向かって流れてゆく。今の涙に込めたのは、心臓がよじれそうなほどのいとおしさ。それに加えて、哀しみも少し。


「なんで泣くの」


俺に覆い被さっている光の親指が濡れた目尻をそっとなぞった。しなる親指はそのまま俺の耳にたどり着き、耳朶を掠めて離れた。触れた体温が離れてゆくときの、なんとも言えない虚しさやもの足りなさからもう一粒、二粒と涙がこぼれる。ぽろり、ぽろり。肌を滑る生温かさがすきま風の吹き抜ける心に沁みて心地よい。


「せやから、なんで泣くの」


見上げた光は俺の涙を見て悲しそうに瞳を曇らせる。

なんでやと思う。

そう訊きながら両手を伸ばす。光の頬を確かめるように触って包みこんだら、じくっと体の奥の方が痛んだ。光と肌を合わせると、悲しいことにいつも嬉しいよりも切ないと苦しいの方が勝るのだ。手を繋いでも、キスをしてもそう。たとえ触れ合ったとしても溶け合うことはできない。皮膚と皮膚が完全に同化するなんてことは起こり得ないから、一度体温がくっついたとしてもまた離れなければならない。絶対に、一個にはなれない。甘い触れ合いの先のそんな結末ばかり見てしまうから、俺は寂しくて寂しくてたまらないと思う。


「泣かないでください」


そう言った光も目を不安気に潤ませるものだから、またじくじく体の内側が疼いた。俺だって泣きたいわけじゃないんだよ。ただ光と一緒に在ることの延長線上のうんと先を見ても、真っ暗闇しか映らないから。希望の光なんてものは見当たらないから。それがひたすらに苦しくて、悔しいだけだ。

きっとこれから先の人生で、こんなに好きになれる相手は早々現れないだろう。光になら体も心も、俺の持ってるもの全部を知って、理解して、受けとってほしいと思うし、逆に光の持ってるものならばなんだって構わないから全部ほしいと心底思う。もっと深く繋がりたい。もっと好きになって溺れ嵌まっていたい。信じたい。信じ合いたい。本心からそう願うのに、頭の片隅に巣食う冷静で臆病な俺は、全てを信じきることを許してくれないでいる。

どうせ、一生は続かない。どうせずっと好き合うなんて無理なんだ。どうせそのうち嫌われる。臆病者の囁きが耳の奥で警鐘みたいに響き渡る。耳を塞いでも止まないそれに俺が苦しんでいることを、光は知らない。光には、言えない。


「謙也さんの哀しい気持ち、全部俺にちょうだいよ」


無理だよと思いながら、それでもゆっくり降りてくる光の首に腕を回して引き寄せた。唇が重なる前、生ぬるい息と息が触れる瞬間に泣き出したくなるくらい感情が昂った。

ごめんな。

思わずぽろっと零れた呟きに光は一瞬動きを止めて俺を見た。鼻先はもうとっくにくっついていて、唇と唇が合わさるまではあとほんの少し。ごめんだなんて、何に対して言ったのか。自分で自分が朧気にしか理解できない。けれど、今の謝罪はきっと、光といても幸せにはなれないともう諦めてしまっていること。それと、光を信じ抜けないこと。その二つに対する罪悪感の精算のつもりなのかもしれない。


「ごめんな」


はっきり言葉にした途端、光の唇が俺のを塞いだ。このままこの苦しく哀しいキスを続けたなら、俺は一体どこまでの不幸を感じるのだろう。




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