風呂上がりに部屋でストレッチをしながらイグアナのスピーディーちゃんと戯れているときが俺の一番の癒しの時間だ。あー今日も頑張ったなあと、一日の終わりをしみじみと感じられる。特に宿題がないときなんかはそのまま布団に直行できるから尚良しである。

今日は嬉しいことにその宿題がないときだったので、もうちょい体ほぐしたら寝てまおう。そう思い前屈をしていた時、急にベッドの上に放ってあった携帯が震えた。メールかと思っていたがなかなか震えは止まず、俺は慌てて携帯を取った。そしてろくに着信相手も見ないまま、はずみで通話ボタンを押した。


「もしもし!」

『謙也さんうっさい』

「…なんや、財前か」


知った相手に安堵のため息を吐くと、電話越しの財前もはあと息を吐き出した。そうしていきなりこう切り出してきた。


『謙也さん、今どないなかっこしてんの』

「今?今は普通にTシャツにジャージやけど…」

『ほな上着着て』

「なんでや」

『ええから、上着着て』


突拍子もないな、と溢しながらも、財前が突拍子もなくいろいろ言ったりしてきたりするのは日常茶飯事だから、もう今さら驚きも困りもしなかった。財前の意図するところがよくわからないまま、仕方なくタンスからジャージの上着を引っ張り出して袖を通す。


「着たで」

『したら財布と携帯持って、』

「はあ?どっか行かせる気なん?」

『ええからええから』


こうやって財前がいい加減に流すときにしつこく訊いて、詳しい事情などを教えてくれた試しは残念ながらない。それなのに特に断る理由がないのも、仕方がないとつい従ってしまうのも、相手が財前だからだろうと思わず苦笑を漏らした。

外へ出ろと言われたので、自室にいる翔太に「ちょっと出てくる」と声をかけてから玄関を出た。両親はまだ医院で仕事中だから、帰ってくる前に帰れたらいいなとぼんやり思う。まあすんなり帰してくれるかどうかは財前次第だけれども。


「どこ行けばええの?」

『謙也さんちの近くのローソン。あ、歩いてきてくださいね』

「はいはい」


なんでこんな時間にコンビニなんや。まあまあ。なんてやり取りをしつつ、人通りの少ない夜の住宅街を歩いた。長かった冬も去り今の季節は春。昼間はそれなりにあたたかいが、夜はまだまだ肌寒いし風も冷たい。しん、と凪いでいる辺りの空気が余計寒さを際立たせているようにも思える。


「おお、おったおった。もう切るな」

『おん』


夜闇の中で煌々と光を放つコンビニの店先に、財前はいた。駐車場の隅でしゃがみこんで左手で携帯を耳にあて、右手には傘を一本持っているのが遠目から見えた。俺が通話を切ると、財前も携帯をたたんでポケットにしまいこんでいた。それから財前は彼へと駆け寄る俺に目を向ける。


「こんばんは」

「おお。で?何の用や」

「とりあえず寒いんで、中入りましょ」


重そうに腰を上げて立ち上がった財前の後に続いてコンビニの入り口をくぐる。ほんのりと暖房の効いた店内のあたたかさは、冷たい空気に晒されていた頬にじわりとしみた。財前は真っ直ぐにカップデザートの棚まで行くと、何も言わずにぜんざいを手に取り物色し始めた。その隣に並んで立ち財前の横顔を見れば、頬も鼻の頭も少しだけ赤かった。


「おいまさかお前、奢らせるためだけに呼んだんとちゃうやろな」

「ちゃいますよ、失礼な」

「ほならなんやねん」

「今日これから雨降るらしいっすわ」

「…はあ?」


話が全く通じひんと思うのは、俺の理解力が乏しいせいなんやろか。っちゅうか答えになってへんやん、なんや雨って。じとりと財前を横目に見て眉をひそめる。


「今天気関係あるん?」

「大有りですよ。その雨、明後日まで続くんやって」

「…ほんで?」

「ほんで、桜、今満開ですやん」

「らしいな」

「それがみんな散ってまうらしいんすわ」


財前の話はいつも遠回しで、せっかちな俺はいつもうずうずしてしまう。時たまわざと俺を焦らして遊んでいるんじゃないかとさえ思う。それでも、焦らされても我慢して財前の言葉を決して逃しはしまいとしていること、財前本人は気づいているのだろうか。


「せやから、」

「…せやから?」


手のうちの白玉ぜんざいと棚にあるあんみつをじっくり見比べつつたっぷり間を置いてから、財前はその両方を手にして俺に差し出してきた。素直に白玉ぜんざいとあんみつの二つを受け取り、続く言葉を待つ俺に財前は少し考える素振りを見せた。


「…散る前に、花見しときたいと思って」

「俺と?」

「嫌なら帰ってもろてもええっすけど」


ぶっきらぼうにそう呟いて視線を再び棚に移した財前に、俺は言い様の知れない感動を覚えていた。

桜なんて学校にも町にもごまんと植わっているからいつも見ているのに、わざわざ夜に花見に行きたいだなんて。財前のことだからただの気まぐれかもしれないし、俺を呼び出したのだってたまたま思い付いたのが俺だったからと言う理由かもしれない。けれど、気まぐれでもたまたまでも、俺を呼んでくれたという事実が嬉しかったのだ。


「ええなあ、夜桜って。俺ずっと見てみたかったわ」


片方の手にあったあんみつを棚に戻してそれよりも安いなめらかプリンを取り、俺は呆ける財前を置いてレジへと向かった。バイトのお兄さんに三百円を渡しておつりの十五円を受け取り財布にしまう頃になって、ようやく財前がクロックスを床でキュッキュと鳴らして俺の後ろに寄ってきた。


「はい。俺が持っとって揺らしたら、お前怒るやろ」

「、ああ、どうも」


白玉ぜんざいとプリンの入った袋を財前に手渡す。それから二人で並んでコンビニを出た。外に出るとぽつぽつと小雨が降っており、コンクリートの地面に染みを作り始めていて、財前は持っていた黒くて大きめな傘をばさりとひらくと俺との間でそれをさした。


「珍しなあ、気いきくやんか」

「ぜんざいのお礼っすわ」

「そらどうも」


俺がにこにこと上機嫌で笑っていたからか、財前は困ったように一文字に結んでいた口元を緩め、「謙也さんきもい」と笑った。そんな財前にさらに濃い笑みを見せつけて、俺は彼の手から傘を奪い二人の間でかざした。




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