※公式設定捏造してます。 小さい頃、まだ小学校に上がる前の頃。その当時の記憶として唯一鮮明に残っているのは、ある二人の男の子と毎日のように遊んでいたことだけだ。家同士はそんなに近くもなかったのに、暇さえあれば二人を誘って、或いは二人に誘われて、三人で公園や河原に行きいつも日が暮れても遊んでいた。二人は俺よりも一つ年が上だった気がする。確かな名前は知らない。ただ、俺は二人をケンヤくんとクーちゃんと呼んでいて、俺は二人にヒカルと呼ばれていた。 けれど二人が小学校に入ってからはあまり遊ばなくなってしまった。たまに遊んでも、二人はそれぞれの学校であったことや俺の知らない友達の話ばかりしていたので、三人でいることが嫌になった俺は次第に誘われても遊びに出なくなったのである。今思うと、子供心に寂しかったのだろうし、単純に羨ましいというのもあったんだと思う。 二人との交流がだんだんと減っていた時、俺もようやく小学校に上がった。しかしその小学校にはケンヤくんもクーちゃんもおらず、親に訊いたら隣の小学校なんじゃないのかと言われた。 そうしてそこでぱったりと、俺と二人の交遊関係は途絶えてしまった。 (今まで仲の良かった人言われたら、それくらいしか…) ぼんやりと、壇上で長ったらしい挨拶を続ける禿げ頭の校長を眺めながら、俺はそんな昔のことに思いを馳せていた。つい先ほど校長に話の中で「新しい出会いの中で、たくさん仲の良い友人を作ってください」と言われてから、完全に意識は記憶の彼方にトリップ状態である。 小学校ではあの二人ほど仲の良い友人はできなかった。あんなに無邪気に誰かと深く付き合える時期は、当に過ぎ去ってしまっていたからだ。小学校、というところは何かにつけて「みんなで」をやたらと強調する。みんなで遊ぶ、みんなで学ぶ、みんなで助け合う。そんな雰囲気が肌に合わず好んで一人でいることの方が多かった俺に、深く関わろうとする同級生は少なかったし、いたとしても俺の方が煩わしさから遠ざかっていった。だから仲の良い人は、と聞かれて思い出すのは、いつもあの二人だけ。きっと後にも先にも、あの二人以上に記憶に残るような友人はできないだろうな。と、いつも思う。 挨拶の締め括りにと、目の前で校長がかました一発ギャグにより会場が爆笑の渦に包まれる中、俺はただ一人上の空でいた。たるかった入学式も終わり、教室で担任からこれから先の簡単な説明を受け、今日は解散となった。まだ誰かの親と話し込んでいた母は置いたまま、俺は騒がしい教室内から早々に抜け出す。朝からとにかく早く帰りたいばかりだったので、その気持ちに比例して足運びも自然と早かった。 学校生活にもクラスにも、慣れるまでにまた時間がかかりそうでめんどい。みんなやたらと友達作りたがって積極的やからその対処もめんどい。なんやこの先、いろいろ憂鬱や。 そう考えて、思わず廊下を進みながら舌を打った。黙々と一人で歩き続けて昇降玄関がようやく見えてきた、そのとき。 「なあー、君ちょお待ってやー」 背後から結構大きな声がして、反射的に振り替える。見れば廊下の反対の端に立っている男子生徒が、こちらに向かって駆けてきていた。辺りには人っ子一人いない。つまり、あの人が声をかけたのは明らかに俺だ。けれど、距離は離れているのではっきりと顔はわからないが、俺にはあのような知り合いはいない。あんな、頭の色がキンキンの知り合いなんて、俺にはいないのである。 関わりたくない。咄嗟にそう判断した俺は、その声を無視して踵を返した。そしてそのまま何事もなかった風を装って歩き出す。 「あっ、待ってって!」 あんな人知らない何も聞こえない。もしもあれが上級生だったら、もしも不良だったら、もしもあらぬ因縁をつけられたら。なんにせよ、面倒事になるのだけは勘弁だ。 あ、もしかしてピアス空けとるから目ぇつけられたんやろか。わあ、塞いどきゃよかった。 「なあってば!」 「う、わっ…!」 いきなり背後から腕を掴まれ、体が後ろに傾く。誰のだかわからない手によって肩を支えられたので倒れることはなかったが、それでもびっくりして後ろを見るとそこにはきんきらきんの頭をした男子が一人。今さっき見たときなかなか遠かったと思ったけど、どんだけ足速いねんこの人。 「なんなんや、あんた」 「…」 きんきら頭の不良は黙ったまま、俺の体を正面に向かせてただじいっと、それこそ穴が空くほど俺の顔を見つめていた。彼は俺よりも背が一回り高いため覗き込むように身を屈め、切れ長の大きな目をまん丸にさせている。 ほんまなんなん、このヤンキー。俺、このまま殴られるんやろか。脳裏に浮かんだ思考に、思わず肩に力が入った。 「君、名前は?」 「…財、前」 「下の名前は?」 「光、ですけど…」 真剣な顔で暫く俺を見続けていたヤンキーは、不意に名前を尋ねてきた。おずおずと答えると、彼は俺の下の名前を聞いた瞬間、ぱあっと顔を輝かせた。 「やっぱりそうや!」 「は?」 「ちょっと来て!」 「、え!」 え、嘘、俺初日からヤンキーに目つけられてしもたんか。このあとやっぱ殴られるんか?あんまり喧嘩得意やないし、痛いのも嫌なんやけど。 そう思いつつも抵抗する間も勇気もなく、俺はそのヤンキーに腕を引かれて半ば強引に連行された。彼は早足で、道すがら何度か足が縺れそうになった。廊下を歩き、階段を上がって、いくつも角を曲がって。見慣れない道を暫く引き摺られていくと、ようやくある教室の前でヤンキーは止まった。そうしてヤンキーの手により勢い良く開かれた教室の戸は、スパーンと気持ちのよいくらいいい音がした。 「白石!ええもん見っけた!」 その教室は見るからに2年生の教室で、中には窓際の席にぽつんと一人の男子生徒が座っていた。色素の薄い髪の、男の俺から見てもとても美人な人だった。そして何故だか、見ていてとても懐かしい感じがした。 白石、と呼ばれたその人は怪訝な顔でヤンキーに「やかましいわ」と一喝入れた。それを軽く笑い飛ばしたヤンキーは、俺を引っ張りずんずんと白石に近づいていく。あれか、もしやこの白石っちゅー人がこのヤンキーの親分なんやろか。俺はこの人にボコられるんやろか。 「ん?誰や、それ」 「見てわからんか?」 「ううん……あっ、え、まさか、」 「そう!そのまさかや!」 キャンキャンと犬のように騒ぎ立てる煩いヤンキーの俺を掴む手が一瞬緩んだので、その隙をついて俺はその手を急いで振り払った。するとヤンキーは不思議そうに俺を見てはきょとんと目を丸くした。 「一体なんなんすか、あんたら…」 「ええー、わからへんの?」 「…ヤンキーにしか見えませんけど」 「あっはっはっは!ヤンキーやて、謙也!」 「ひっど!あないによお遊んだのに、俺の顔忘れたんか光」 「…え?」 …ケンヤ?遊んだ? その単語に体がぴたりと固まる。悲しそうに眉を寄せるヤンキーと白石を交互にじっと見つめ続けると、その面影が遠い記憶の彼らにうっすらと重なった。 「もしかして…ケンヤくん、と、クーちゃん?」 尋ねると、二人は嬉しそうに顔を綻ばせて笑い、俺に飛び付いてきた。二人分の体重を一気に受けた俺は立っていられるはずもなく、そのまま床に倒れ込む。 「久しぶりやなあ光!」 「ほんまや!こない大きなって…!」 「え、うそ、ほんまに二人なん?」 「せやで!」 床に倒れても尚ぎゅうぎゅう抱きついてくる二人に苦しくなって身動ぎすると、はっと気づいたクーちゃんが俺の体を起こしてくれた。間近で視線を合わせると彼はふうわりと優しく微笑んでくれた。 「俺、てっきりクーちゃんは女の子やとばかり…」 「なんやそれ、ひどいやっちゃなあ」 「まああだ名がクーちゃんやし、お前可愛かったしなあ」 「可愛かったんは俺やのうて、光やろ」 「せやな。光がいっちゃん可愛かった」 ケンヤくんは頭を、クーちゃんは頬を撫でてくれた。懐かしい。昔もこうして二人は年下の俺を可愛がってくれてたっけ。無意識に頬が緩むのを感じる。思いがけない再会は、正直素直に嬉しかった。 「もうほんまにずっとお前に会いたかったんやで?俺ら」 「けど今さら会いに行くのもなんや気が引けてな」 「なー」 「…俺も、そうでしたよ」 二人と距離を置いてから、何度も会いに行こうと思った。何度もまた遊びたいと思った。けれど離れたのは自分だから、と思い悩んでずるずる時間を置くうちに、どんどん会いに行きづらくなって。 「けどまた会えて、嬉しい、です」 「…もー、なんやねんお前!」 「やっぱり光は可愛えなあ…」 そう言って二人は楽しそうに俺を撫で回した。いつもなら他人にベタベタ触られるのは嫌だと思うはずなのに、不思議と二人に触られるのは嫌じゃなかった。あったかくて、優しくて、甘い匂いがして、ついうっかり擦りよってしまいそうになる。 「これからはいつでも会えるなあ」 「、そうですね」 「あ、せや光、俺らテニス部やねん」 「テニス?」 「今から練習、見に来おへん?」 「それええなあ。よっしゃ、光に俺のスピードテニス見せたるわ!」 「な。おいで、光」 笑って立ち上がった二人から手を差しのべられ、俺は躊躇わずその両手をしっかりとる。すると勢いよく引かれて、そのまま三人で教室を飛び出した。 その手を今度は離さないでいれたらいいなとこっそり願って、俺は二人の手を強く握り返した。 「それより光、もうクーちゃんはやめてな」 「なんでや、可愛えやんかクーちゃん」 「そうですよクーちゃん」 「…謙也後で張っ倒す」 「なんで俺だけ!」 |