春真っ只中な今日は、空は快晴で風も少なく、半袖でも寒くないくらい過ごしやすい気候だった。こんな日はどこかへ出掛けたいと思うのだけれど、和やかな空気にすっかり体もなまってしまい、朝から陽当たりの良いリビングのソファーに座ったままずっと動けずにいる。頭はどうにも働かなくてぽやっとするし、先ほどから欠伸が止まらないでいた。 今日はおとんとおかんは仕事で翔太は遊びに行っとって一人きり。こんなに絶好のお昼寝シチュエーションなんてなかなかあらへん。もうこれはあれや、思う存分お昼寝しなさいっちゅー神様からのお達しやな。 勝手に自己完結をし、うつらうつらと舟を濃いでいたとき、不意に家のチャイムが部屋いっぱいに鳴り響いた。しょうがなく重たい体を起こしてドアホンを確認すると、そこに映ったのはよく見知った顔。 「なんや、しらいしかい」 「なんやのその不満そうな声」 「別に不満とちゃうけど…どないしたんや」 「なあ、ちょっと出て来やん?」 大きな目が画面越しに真っ直ぐ向けられ、俺はしぶしぶ玄関へと向かった。戸を開けると門扉の外にいた白石が俺に気づいて、ふわりと優しく笑った。なんだか機嫌が良さそうだけど、何かいいことでもあったのだろうか。 「今なにしとったん?」 「なあんも。なんで?」 「暇なら散歩、行こう」 「さんぽ?」 「うん散歩」 散歩。白石の家と俺の家はあまり近くはないのに、わざわざそのためにうちまで来たのか。深く噛み締めるようにそう思うと、なんとなく心臓のあたりが擽ったくて、気恥ずかしくなった。俺は素直にうんと頷いて一旦部屋に戻り、さすがに外で半袖は恥ずかしかったのでパーカーを一枚だけ羽織って再び玄関を出た。その際、ちゃんと戸締まりをすることも忘れずに。 「どこ行くん?」 「特に決めてへんよ」 「ほな適当にぶらぶらするかあ」 「せやな」 そう言って、あてもなく歩を進めはじめた俺と白石。家の中よりも外の方が、太陽の下にいる分暖かかった。柔らかい日差しの中、他愛もない会話を交わしながら慣れ親しんだ町を歩いていく。しばらく行くと、河原沿いの道なりに満開の桜の木が林立していた。 「おお、丁度見ごろやんな」 「桜吹雪すっごいわ」 「な」 顔を見合わせて笑い、俺と白石は二人してはしゃぐように桜並木の下を歩いた。暖かい風に薫る視界いっぱいの桜に、足を止めて深呼吸をする。ふと足元に視線を落とせば一面に広がる、仄かに淡いピンクの花びら。数多道に敷かれたその光景は、まるで桜色の絨毯のようだった。素直に感動していると、いつの間にか先を行っていた白石の背中が小さくなっていた。 もうすぐ4月だ。4月になったら俺と白石は別々の高校に進学することが決まっている。だからきっと、今のように頻繁に気軽に会うことはなくなるのだと思う。仕方がないことだ。十分わかっているし、もうずいぶんと前から心積もりはしてきた。 けど、やっぱり実際に別れが近くなると思うと、寂しいものは寂しい。ああしてどんどん白石の背中が小さくなっていって、終いには見えなくなるんじゃないかと、不安にだってなる。 「謙也あー、はよー」 「白石ー」 「うん?」 「…さみしなるなあ、とか、」 思ったり。と、言い切ったものの、言葉尻は離れている白石には聞こえないくらい小さく、そして情けないものだった。控えめに白石の方を見つめ反応を伺うと、踵を返して俺に体を向けた白石は真っ直ぐにこちらを見据えている。そうしてそのままずんずんと、俺の元へ戻ってくる。 「う、嘘や冗談!ちょっと言ってみただけ!」 真顔で歩いてくる白石に腕を突きだし、無理やりあははと笑顔を作ってみせた。けれど白石は表情を一つも崩すことなく黙々と俺に近づいてきて、目の前でぴたりと静止した。同じ高さで目線が交わって、なんだか心臓が妙に騒いでいる。 「白石…?」 「謙也は、寂しいん?俺と離れるの」 「いや、せやからそれは冗談で、」 「ほなら寂しないの?」 「え?や、えっと……そら寂しい、けど、でも」 今さらながら恥ずかしいことを言ってしまったという後悔の念が押し寄せて、俺は視線をふらふらとさ迷わせた。額から嫌な汗が吹き出して、頬も熱い。なんやこれ、自分めっちゃ格好悪いやん。こんな思いするくらいなら寂しいとか言うんやなかった。 あたふたする俺に白石はようやくふっと表情を綻ばせ、目を細めた。それから不意に拳をバスッと、俺の胸にあててきた。痛くはなかったがいきなりの攻撃に少し体がよろける。 「ほな、しっかり寂しがっといてや」 「え?」 「したらそれ察知して、俺がちゃあんと会いに行ったるから」 な。と笑った白石の顔は本当に綺麗で、満開の桜の中でとてもよく映えていた。そんな白石を見ていると、体の内側にも春が来たみたいにぽかぽかとあたたかくなっていって、自然と頬がゆるゆると弛緩する。 「察知って、なんやそれ。お前レーダーでも搭載しとるんか」 「おお、よおわかったな。その名も白石レーダーやで」 「ぶふっ、だっさ!」 馬鹿にしながらも、白石レーダーに拾ってもらえるようにちゃんと寂しがっとかんとあかんなあ、なんて思ったのは白石には内緒だ。でもいつの日にか、実はあのときな、って正直に話せたらいいなと思う。 |