一体謙也がどういう気持ちで、どういう経緯でこうしようと思い至ったのかは知らないが、とにかく尋常じゃないほど焦っているのは、俺の胸にしがみつく腕の強さでありありとわかった。謙也はあまり外で俺と接触することを好まない。本人曰く誰かに見られているようで落ち着かない、らしい。けれどもここはそんな謙也が嫌いな外で、暗いとは言えど公園と、明らかな公共の場である。謙也に何かがあったのは明白だが、何があったかは引き結ばれた彼の口から聞かねばわからないことだった。 「どないしたん」 「白石」 「うん?」 「しらいし」 二度、俺の名を呼んだ謙也はずっと下げていた頭をようやく上げた。見上げるように俺を見つめる瞳は、水の膜を張り不安定に揺らいでいた。どうしたのか。今一度、なるべく優しく問いかけて小刻みに震える肩を手のひらで包み込むと謙也は小さく唇を噛んだ。なんだか俺が謙也を叱っているような気分になり、思わずふうと息を吐く。 「謙也、黙っとって欲しいなら何も聞かんけど、それも言われなわからんよ俺」 「、いやや、黙らんといてくれ」 「え?」 「喋って、たくさん。呼んで」 俺を。言われて、俺は謙也とはっきり彼の名を口にした。そうしたらもっと呼んでとせがまれたので、首を傾げつつも謙也を落ち着けるためならばと思い、何度も名前を呼んだ。 「謙也」 「うん」 ひたすらそれの繰り返しで、もう何回言い合ったかもわからなかった。それでも謙也はもういいよと言わないので、仕方なしに呼名を続けた。確かめるように、噛み締めるように。呼んだら呼んだだけ、謙也は俺との距離を詰めた。いつの間にか夜闇も深まっていることに気づいた頃、謙也と俺の鼓動が皮膚越しに響き合っているような錯覚に陥るくらい、二人の体は隙間なくぴったりと重なっていた。うん十うん回目かの「謙也」を紡ぐと、やっと謙也はおおきにと、消え入りそうな声を吐いた。 「…ちょっとは落ち着いたん?」 「ううん、全然。けどもう大丈夫」 「なんや、それって大丈夫とちゃうやん。今さらなにを遠慮しとんのや」 俯いて、苦しそうに弱々しく笑う謙也を抱き締めてやる。こうなったらとことん付き合うたる、という意思を込めて強張る背中を擦ると、腕の中の頭がふるふると横に首を振った。透き通るような蜜色の髪が頬にあたって擽ったかった。 「、遠慮と違う」 「ほならなに」 「…おれな、怖いねん」 今にも泣き出しそうな、切羽詰まった声音だと思った。謙也がこんな声を出すのはよほどのことがあったときのみで、今までにここまで悲痛な声を彼の口から聞いた記憶は1、2回程度である。俺の胸元にあった手は、俺の存在を確かめるように学ラン越しの肌を滑り上がり、首に強く絡み付いた。 「怖いって、なにが怖いん?……ああ、」 怖い。そう言われて記憶を巡ると、本日の部活でのある出来事に行き当たった。 ユウジと小春が部員に、今度の自分たちの卒業ライブのチケットを配っていたときことだ。その時は気のせいだと気にも止めなかったが、二人からチケットを渡される謙也はほんの一瞬だけ、表情を硬く固めていたように思う。 「卒業、か」 卒業、と言っただけで謙也は肩をびくっと跳ねさせた。それから嫌々と頭を振るい、まるで子供みたいに鼻をぐずらせ始めた。…なんだ、そうだったのか。 「しら、し」 「んー?」 「し、らいし、…らいしっ」 「はいはいもー、わかったから」 ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らし、嗚咽を漏らす謙也の後頭部をあやすように軽く叩いてやった。随分我慢していたのか、止めようとはせずに俺の肩口で泣きじゃくる謙也に思わず笑った。ここまでわかれば詳しく聞く必要はない。単純に、間近に迫った別れを唐突に実感して、急に不安に駆られたのだろう。 「ちょお、俺の学ランびちょびちょにすんなや」 「やって、も、とまらんもん…」 「ほら、もう泣かんの。男の子やろ」 「む、むりー…」 俺が笑うと、謙也も泣きながらふふふと笑った。全く、可愛いやつめ。謙也だからこそ、これだけ女々しくされても憎めないのだなと思う。それは謙也が恋人だからという贔屓目も当然あるけれど、それとは別に謙也の純粋な人柄も関係している。きっと誰もが、こうして泣く謙也には怒ったり心底呆れたりはできないんだ。 ごしごしと目元を俺の肩で拭う謙也の背をバシンとはたいた。すると謙也は顔を上げ、悪戯っぽく涙目を細めた。真っ赤になった鼻が可愛らしくてそれがまた笑える。 「なあ、なあ、白石」 「なんやねん」 「ずっと、一生、俺の傍におってなあ」 「えー?重いなあそれ」 「ひっど!なあ、ええやんか、お願いやで!」 「…謙也のあほ」 涙で濡れて乱れた謙也の前髪を指先で揃えれば、彼はきょとんとビー玉みたく光る瞳に俺を映した。あほ。もう一度言ってから涙の跡が残る両頬を両手で強く挟んでやる。 「お願いされんでも、離したるつもりないわ」 「…そっちの方が重いやんけ」 「、知っとるよ」 突き出したひよこのような唇を親指で撫でる。 俺にとったら至極当たり前のことであんなにも必死になっていた謙也を思い出す。あまりの可愛さについ吹き出すと、謙也はまた不思議そうな顔をした。 必死な謙也くん Happybirthday Kenya!! by.kazuha |