※財前が引きこもりで暗い



暗い。目の前も薄暗いなら、気持ちも浮かない。もうずうっとそう。あーやだやだ、暗い、暗い。なんでこんななってまったんやろとか、そんなんはもう考えすぎてええ加減疲れてしもたから今は考えんようにしとる。ぐるぐる悩むのん、飽きたし。ちなみにさんざん考えてきたけどその答えは結局出ず終い。

こうして俺は延々無駄なエネルギーを消費して生きていくんやなと、思う。特に理由もなく、何かに執着心を持つわけでもなく、不毛に時間を浪費して。それに、当然のことながら生きとれば腹は減るわけで、そうなるとものを食べる。ほしたら必然的に、俺なんかよりもようさん必死に生きとるもんの命を奪うことになる。食物連鎖、っちゅうんやっけ。人間はそのてっぺんに組み込まれとるわけやから、ほんまに俺みたいなやる気ないのんが人間でおるだけで申し訳なくなる。詰まるところ言いたいのは、俺は生きとってもええんやろかって話。害虫と同じような、他の全部に害しか与えへん存在なんやないかって、そういう話。もっともこんな言い種、もしかしたら害虫にすら失礼かもしれへんけど。



「鬱々やなあ」

「でしょ」

「なんか中二病っぽい」



外はきっとまださんさんとお日さんが輝いとる時間帯なんやろうけど、わざわざカーテンを締め切っとる部屋の中に閉じ籠る俺と謙也さん。あかん、訂正、閉じ籠る俺とそんな俺んこと構いに来てくれた謙也さん。閉じ籠っとるつもりでおるのは俺だけ。謙也さんは太陽の下の住人。そんな謙也さんにベッドの上で抱きすくめられて背中をさすられとる俺って、今の状況やとなんやでっかい子供みたいで、ほんまどうしようもない引きこもりやなあと改めて実感させられる。ちょこっと、へこむ。



「中二病て、俺実際中二やし」

「まあそやねんけど、なんちゅうか、言っとることがなあ…」

「痛い?」

「暗いねん。暗すぎて頭から藻が生えそうやねん」



人間に藻が生えるとか聞いたことないし。たまに謙也さんは自分の感性でわけのわからんことを言う。まあおもろいから別にええんやけど。

謙也さん、って耳のそばで名前を呼んでみたら肩ふるふるって震わせた謙也さんがなあにって俺の耳のそばで答える。今の声、ごっつあっまい。いっつも思っとってんけど謙也さんは俺にだけはめっちゃ甘い。叱るときもあるけど、俺がなにしても笑って許してくれはる。傷つけても、ワガママ言うても、なんでもしゃあないやっちゃなあとか言いながらも笑う、笑う。でも俺ってやつは自分にとことん甘いから。基本的に自分がしてまったこととかあんま気にしいひんのやけど、それを謙也さんにまで許されるとほんまに駄目人間街道まっしぐらになるんちゃうかな。なるんちゃうかな、っちゅーよりももう既に駄目人間街道まっしぐらなんやろうけど、ね。ぐずぐずに腐ってる気がする。頭の内側、奥の方から外側にかけてどろんどろんに。

せやけど、その腐ってる感じに嫌な気持ちはいっこもせえへん。ゆるゆるにほぐされてる感じが、寧ろええなあとか思う。気分がええ。謙也さんとおると駄目な俺が全部受け入れてもらえる気がして、隣におるだけで「大丈夫やで」って言って安心させてくれとる気がして、落ち着く。



「謙也さん、謙也さん」

「なんやあ」

「寒かったからあっためて」



謙也さんのほねほねした手を捕まえて指を絡める。謙也さんと手繋ぐのがすき。ざらざらしたまめだらけの手のひら合わせただけで、そっからあったかい体温がじわあって伝わってくるのがすき。

抱き止めてもらっとるんをええことに、俺は自分の全体重を謙也さんにかけて倒れ込んでみる。そうするとさほど抵抗されることもないまんま謙也さんの体は傾いて、俺も一緒に謙也さんは背中からベッドにころんと転がってもうた。ぎゅう、と抱きついたれば、同じかそれ以上の強さでぎゅう、と抱き締め返される。ああ幸せ。謙也さんの肩にほっぺた擦りつけながら素直にそう感じた。謙也さんさえおれば俺の人生成り立つんやないかってちょっと本気で思う。他にはなんもいらへん。って今言うたら、謙也さんどないな顔すんねやろ。



「謙也さんて、なんでこんな俺に甘いん?」



ぽつりとそう訊く。ほしたら謙也さんは答える代わりに俺の耳たぶを舐めた。あっつい舌が耳の縁やらピアスホールやらをなぞるみたく這わされて首の後ろあたりがぞくぞくした。はあ、と控えめな吐息が肌を掠めてなんや変な気分になりそうやった。誘っとるんやろか。いやそれより、さっきの返事は?もしかして答えたくないっちゅう意思表示なんかな。



「俺が財前に甘い理由、知りたい?」



愉しげな笑い声がダイレクトに鼓膜に響いてきて、俺は無言で頷いた。謙也さんはさらにくすくす笑うて俺の頭を優しく撫ぜる。



「財前が俺だけの財前でおってくれるから」

「……、それって、」



独占欲?と聞き返そうと顔を少うし浮かせると、俺が言い切るよりも早くに謙也さんは俺の唇をべろっと一舐めした。不意打ちに驚く俺に気い良くしたんか、それはそれは甘ったるく目を細めた謙也さん。野暮なこと訊くな、ってその目が言うとるような気がして、俺は何も訊かんまま謙也さんの唇に吸い付いく。



「ふ、」



唇割って舌差し込めば謙也さんも喜んで自分の舌を伸ばして俺に絡んでくる。混ざる舌はその熱とざらついた感触とで、そこから壊死していくみたいに感覚が乏しくなってった。混ざる唾液は、混ざる息は、俺の体ん中に流れ込んできて、内臓から蝕まれていくみたいに体のどっか奥底がじんじん疼いた。

やっぱり俺は、謙也さんの傷んだぐしゅぐしゅの甘さに腐らされとる。