変な夢を見た。群青色の銀河の中でふわふわと宙に漂う俺。まばゆく瞬く視界の中の星々。そして、目の前で俺と同じように浮遊する、俺。俺よりも少し体が大きい彼はきっと未来の自分の姿だと思った。それは根拠もない確信だった。

俺と未来の俺は二人で向かい合ったまま、無重力間でひたすら浮いていた。懐かしいような、寂しいような、嬉しいような。甘く苦い不思議な感情が体の芯からほろほろと崩れ出していた。涙腺を緩めるとぷわっと一粒の涙が溢れ、宙に放たれる。ふわり、ふわり。漂って、俺と俺の丁度真ん中でとどまった水滴はぱちんと小さく音を立てて弾けた。

その途端、辺りがまばゆい白い光に包まれる。そのあまりの眩しさに目を細めた。ぼんやりと見える、薄まった世界の中心にいる未来の俺はにこやかに微笑んで、手を振っていた。



「あとはよろしくな」



そう聞こえたところで、夢は終わった。


















はじめに一つことわっておくと、俺には現在付き合っている恋人はいないし何よりホモではない。

それじゃあ、この状況は一体。



(…なんなんやこれ、)



夢から覚めたとき、一番に目に飛び込んできたのは見たことのない色模様の天井と電灯だった。寝起きのため、頭はうまく働かない。ただ、その光景には明らかな違和感を感じた。ぱちぱちと二回ほど瞬きをし、そのまま視線を左に流すとこれまた見たことのない柄のカーテンや家具が伺える。見えるもの全てが知らないものだった。ということは、ここは俺の部屋ではない。それじゃあここはどこなんだ。

次に右を向く。向いて、俺の脳は一気に覚醒した。男がいた。俺の方を向いてすやすや眠る男がいた。しかも、布団から飛び出た肩は肌色が剥き出しである。さらには感じからして男は下も裸。びっくりして、息が止まるかと思った。



(なっ、え…は?)



驚きのあまり咄嗟に声が出ず、自らの唇は金魚みたいにぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返す。透けるように白い皮膚、筋肉で少し膨らんだ肩、ごつごつと骨の張った鎖骨に逞しい首。男の腕の方から視線を順番に流していく。しっかりした骨格、薄く開いた寝息の溢れる唇、高い鼻、頬に影をつくる長い睫毛、そして色素の薄い髪。

その男はモデルだと言われてもおかしくないくらいの美人で、同性なのに不覚にも暫しの間見惚れてしまった。それに、なんでだろう。この男を俺は知っている。知っているけど、知らない。誰だかはわからない。頭の中でもう少しというところまでは出かかっているのだがその先がなかなか浮かばない。なんだかひどく親い人のような気がするのだけれど…



「ん…」

「ひっ…!」



突然、男は俺に手を伸ばしてきた。そうしてそのまま、俺は避ける間もなく男の胸へと抱き込まれてしまった。どっどどどないしようなんやこれどうしたらええんや…いや、単純に逃げたらええんか。



「はっ離せっ」

「んー…いや…」



掠れた低い声が耳元で聞こえてぞわぞわと背筋に鳥肌が立った。抜け出そうと体を捻ってみるも、余計に強い力で男の腕に押さえ込まれる。視界いっぱいには男の露になった胸元しか映らない。あかん、これはやばい、やらなきゃやられる。そう直感した。



「こっ…んの…変態!!」

「、うっ!」



俺は渾身の力で男の体をどついた。その拍子に俺の体を拘束していた腕の力が緩んだので、急いで布団から這い出た。どうだざまーみろ、と内心吐き捨てながら、緊張から上がった息を整える。男はというと、ベッドの中でもぞもぞ身動ぎしつつ「いって…」などと呟いていた。



「あー…何すんねん、」

「な、そ、それはこっちのセリフや!」

「はあ?何を朝から怒ってんの謙也…って、あれ?」



男が布団から顔を出して俺を見たので、ついつい身構える。前髪を顔に垂らしてぼやっとした様子でいる男。次に何をされるのだろう、と思いながら俺は男をキツく睨みつけた。



「おっお前誰や!っちゅーか、ここどこや!」

「ああー…せやったせやった、確か今日やったな…」

「っ、俺の質問に答えろ!」

「はいはい、答えるから。ちょっと落ち着いてや」



俺は混乱して怒鳴っているのに、男は何か妙に納得したような態度で落ち着いていた。それが癪に触ってさらに大声を上げようと口を開きかけると、不意に男は俺に向かって手のひらをかざした。おそらく、騒ぐな、と言いたいのだろう彼はぱらぱらと顔にかかる髪を掻き上げる。その仕草がいやに色気たっぷりで、俺は思わず怯んだ。



「俺は、お前の同級生」

「……は?」

「わからへん?俺の名前、白石蔵ノ介っちゅーんやけど」

「は…嘘やろ…」

「嘘ちゃうで。なんなら免許証見したろか?」



シライシクラノスケ。確かに男はそう言った。その名前に聞き覚えはもちろんある。同じ学校の、同じクラスの、同じ部活の、俺の親友。それが俺の知る白石蔵ノ介だ。

今一度男を凝視してみる。髪色、容姿、それに加えて声も、俺の知っている白石の面影をしっかりと持っていた。寝顔だけではわからなかったが、よくよく観察すれば彼は紛れもなく白石蔵ノ介だった。昨日だって夕方家に帰るまでずっと一緒だったのに、なんで気がつかなかったのだろう。



「…ほんまのほんまに、白石なん…?」

「おん、せやで謙也」

「け、けどなんやお前体でっかくなってへん?」

「まあ、せやろな。お前が知っとる白石蔵ノ介とはちゃうからな」

「え?」

「俺、今二十歳なんよ」

「は?」



え、え、今こいつなんて言った。はたち?はたちって、20歳?いやいや、そんなわけないやんけ。だって俺らまだ中3…



「謙也、タイムトリップってわかる?」

「たいむ、とりっぷ…って漫画とかであるやつ?え、ちょ、ちょお待ってや、まさか…」

「そのまさかや」

「白石…タイムトリップしたん?」

「惜しい。タイムトリップしたんは俺やないで」

「…えっ、俺?」

「ご名答」



現実味のない会話だらけで脳内はとっくにパニック状態だった。まだ夢でも見てるんじゃないかと思って手の甲を思いっきりつねってみたが、残念なことにちゃんと痛かった。ということはつまり、これは現実…?

呆然と白石を見つめると、彼はにっこり爽やかに笑って「未来の世界へようこそ!」などとほざきやがった。



「…っ、はぁぁあああ!?」



ああ、悪い夢ならば今すぐ醒めてほしいのに。







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