電車を乗り継いでやって来た大型のショッピングモールは、開店時間からそれほど時間は経っていないにも関わらずたくさんの人々で溢れ返っていた。休日だからか家族連れやカップル、友達同士などの団体が多く見られる。人の波に流されぬように、足取りの軽い謙也の隣をはぐれないように歩く。



「すごい人やなあ」

「せやな」



ざわざわと絶え間なく飛び交う言葉に紛れないように、なるべく謙也に顔を寄せて返事をした。謙也も同じように体を寄せてくるので腕や肩は必然的に触れあっていた。普段やったら絶対こんなべったりして歩けへん。人酔いしそうやけど、そういう面では混んどってくれてありがたい、かも。なんちゃって。謙也には絶対言われへんけども。

今の状況にほんの少し胸を踊らせながら歩を進めていると、不意に謙也が顔を覗き込んできた。まさか邪な考えがバレたんじゃ、と一瞬ドキリとはしたものの、尋ねられたのは何を買うつもりなのかということだったので思わずほっと短く息が零れた。



「新しいグリップと包帯欲しいなって思っとるんやけど…」

「え、なんやそれ、ただの買い出しやんか!」

「え?なんか、あかんかった?」

「あ、いや、もっとデートっぽいもんかと…」

「え!」



え、え、え。

今の、なんや。でででーとって、俺ら男同士ですけど謙也くん。いや、別に謙也とデートっちゅうのに不満があるわけやないんやで。もう寧ろ大歓迎、諸手上げて喜びたいくらい嬉しい、んやけども。けど、あれ、謙也って、こんな女みたいなこと言うやつやったっけ…?

思いがけない発言に固まる俺の隣で「まあええか」と呟いた謙也は、ふと俺に手を差し出してきた。ぱちくり、瞬きを一つ。はい、なんて手のひらを出されるが、全く謙也の意図が読めない俺は正直困惑した。きっと自分、情けない顔しとるんやろな、なんて思いつつも首をかしげて見せる。すると謙也は半ば強引に、差し出した手で俺の手を覆うようにぎゅっと掴んできた。



「えっ!」

「はぐれそうやから、繋いどこうや」

「え、け、けど人いっぱいおるのに、誤解されたら、」

「誰も気づかへんて」



ほら。と、繋いだ手を隠すように、先ほどよりもさらに肩を密着させてきた謙也に血が沸騰してるんじゃないかってくらい体全体が熱くなるのを感じた。な、なんやこれなんやこれなんやこれ、これってまるで俺の願望が具現化したみたいやないか。神様ありがとう。…ってちゃうちゃう。なんでや、なんでこんな、美味しい思いできとるん、俺。やっぱり今日の謙也、おかしいって。



「け、謙也?お前、今日おかしない?」

「え、そう?」

「うん…」

「…もしかして白石、手ぇ繋ぐの嫌やった?」



俺の反応があまりにも乏しい上に疑ったりなんかしたからか、謙也は眉を下げて悲しそうな表情を見せる。主人に怒られて立てていた耳をしゅんと垂らす子犬を想起させるその姿に、不覚にも心臓が締め付けられてしまった。



「や!そ、それは、ちゃうんやけど」

「ほならええやん、たまには。あかん?」

「あかんくない、です」

「ほんまに?ほな繋いどいて」



にかっ、という効果音がつきそうなからりとした笑顔は、いつも通りの謙也のそれで。

相変わらず腕と手はきゅっとくっついたままだけれど、何よりも楽しそうに明るく笑う謙也の顔を見ていたら、なんだか思考していたこと全てのことが一気にどうでもよくなってしまった。いくら聖書だと言われる俺だって、感情に勝る屈強な理性なんて持ち合わせちゃいないのだ。だってまだ健全な15歳で、中学生だもの。好きな人の笑顔一つで浮かれたって、いいじゃないか。

浮き足立つ、とはまさに今の俺のことを言うのだろう。目的地までの道すがら、雑貨屋や服屋をひやかしながら謙也とのなんちゃってデートを満喫する。そんな中暫く進んでいると、前方にスポーツショップを発見した。店頭に展示されたアウトドア用品を素通りし二人で向かうのはテニス用品の売り場。



「うわあ、いっぱいあるなあ」

「な。さすがにでっかい店やと品揃え豊富やわ」

「白石が使っとるのってこれやっけ?」

「おん、せやで」



棚に陳列する色とりどりのグリップテープの前でしゃがみこむ謙也は品物を手に取り物色し始めた。その様子をぼんやりと上から眺めながら俺はというと、グリップテープよりも謙也の頭の髪のつむじや生え際、プリンになっている箇所にばかり目が行ってしまって、そんな自分自身にほとほと呆れた。昨日髪切ったとか言うとったけど、染め直さんかったんやろか、なんて耽っているとつと謙也が俺を見上げた。その手には同じメーカーの全く同じ黒いグリップテープが二つ、握られている。



「俺も一緒の買ってもええ?」

「え、謙也っていつも違うのやなかった?」

「まあ、そやねんけど、なんとなく…」

「まあ謙也がそれでええんなら、買うたらええやん」



そう言って二つのうちの一つを謙也から受けとると、彼は急に立ち上がっては俺の耳元で「お揃いやな」なんて囁いてきた。びっくりして、咄嗟に身を引いて謙也を見れば、ほんのりと嬉しそうにはにかんでいる。



「そ、うやな」



…あかん、なにそれ、お揃いって…アホか。囁かれたときに微かにかかった息だとか、潜められた小さな声だとかが未だにべったりと耳にこびりついている気がして。恥ずかしいやら嬉しいやらで擽ったくなった俺は耳を抑えて謙也から顔を反らした。

あっかん。顔、ほてってきた。