好きな人がおる。同じクラスの男で、名前は忍足謙也。謙也とは部活も同じやから、学校におる間はだいたいいつも奴と一緒に行動しとる。謙也はほんまにええやつや。嫌味がなくて、明るくて器がでかくて、何するんにも年相応で無垢で。俺は謙也にならなんだって話せた。謙也は絶対に真剣に受けとめてくれるって、知っとるから。謙也も俺にはなんでも話してくれる。とるに足りんようなくだらん話から相談事まで、なんでも。いつも謙也ははにかんで言う。俺らって親友っちゅうやつなんやろな、って。

…違う、ちゃうねん、ごめん謙也。おれはお前の親友でありたいとは一ミリも思わへんねん。思ったこと、ないねん。俺はほんまのほんまに謙也が好きや。他のクラスメイトよりも、部活仲間よりも、先生よりも家族よりも。誰よりも一番、謙也が好き。愛してまっとるん。せやから親友なんてポジション、欲しくないよ。俺がずっと欲しいのは、謙也の中での一番。俺がお前を思うのと同じくらい愛してもらえる立場。

謙也はにぶちんやから俺の本当の気持ちになんて気づかへん。それで助かったと思ったこともある。やって、そうやろ。おとこがおとこに惚れとるなんて冗談もええとこや。もし気づかれてまったら多分、俺は謙也の傍にはおれへんようになる。けど、ほんでもな、わかってもらえへんのは寂しいねん。こっちが馬鹿みたいに思っても謙也にはちっとも届けへん、そんな一人相撲ばっかしとるのってほんまにしんどいねん。なあんも知らんと笑顔で「俺らは親友やな」って、言われれば言われるだけ心臓がキリキリ痛うてしゃあない。

俺が思った分を全部返してなんてそんな我が儘は言われへんけど、せめて、ほんの少しでも気づいてくれたら。気づかせる勇気が俺にあったら、ええのになあ。なんて日々思うわけです。


















しらいし、しらいし、と名前を呼ばれ体を揺らされている気がして、閉じていた目蓋をうっすら開いた。ぼんやりと霞む視界の真ん中には謙也の顔。ああ、そうやった、今日から謙也が泊まりに来るんやった。けどなんでこんな朝はようにおんねん。約束したん、夕方からやなかったっけ。



「あ、起きた。おはよう白石」

「おはよう…早いな」

「おん。ちょっとでも白石とおりたいなって、思ったら来てしもた」



ぱちっ。

えへへ、と照れたように笑う謙也に、寝起きでぽやぽやしていた頭が一気に覚醒した。え、は?なんやそれ。なんやその言いぐさ。そんな、まるで恋人みたいな嬉しいこと言うてくれるなんて、まだ夢でも見とるんやろか俺は。そう思って目の前の謙也の顔に手を伸ばし、ペタペタと形を確かめるように触りまくる。ぐにっと頬を引っ張ればちゃんと感触もあって、謙也も痛がる。あれ、夢やあらへんやん。どうなっとるん。



「もー、いきなりなにするん?」

「いや、なんか…」

「いつまでも寝ぼけとらんと、はよ起きてや」



腕をぐいっと引かれて上体を起こす。目を擦ってから改めて謙也をじっと見つめてみると、なんだかいつもと違うような。言葉では表しにくいが違和感を感じてならない。



「謙也、なんか変わった?」

「え?ああ、昨日髪、切ったで」

「かみ?」

「うん」

「…ほーん」



変やった?と尋ねてくる謙也に首を横に振る。確かに、よくよく見れば髪が短くなっているようだった。けど、短なっとる髪よりももっと雰囲気っちゅうか、様子がいつもと違うように見えるんやけど…俺の考えすぎやろうか。

思考を巡らせていると、はよう、と謙也に急かされたので、とりあえずパジャマのままで謙也と一緒に部屋を出た。階段を下りて洗面所で顔を洗い、ダイニングに入った途端、不意に鼻腔を擽ったのは芳ばしい食欲をそそる香り。ダイニングテーブルの上にはほどよく焼かれたトースト2枚の乗った皿がそれぞれ2つずつ、それと真ん中にはふわりと野菜が盛られたサラダボウルと平皿の上にベーコンとスクランブルエッグ、色とりどりのジャムたちが綺麗に並べられていた。カップを手に「牛乳でええか?」と訊いてくる謙也に放心気味に頷いてから、思わず吐いたのは感嘆。



「なんこれ、おかんが用意してったん?」

「ううん、俺が作った」

「え、謙也が?」

「おん。勝手にやってすまんなあ」

「あ、いや、それは全然ええねんけど。っちゅうかおおきにな」



お礼をすればにこお、と屈託なく笑われて、再び感嘆。謙也って料理できたんやなあ、とか、ええ奥さんになるなあって謙也は男やから旦那さんやんか、とか。ぼうっとそんなことを考えていたら「冷めんうちに食べようや」と促され、謙也と向かい合って椅子に座る。え、なんや、朝の食卓囲むとかちょっと新婚さんみたいやとか思ってまっとる俺、相当キとるんとちゃうん。っちゅうかその前に今日の謙也、ほんまどないしたんやろ。今までも何回かうちに泊まりに来たことも、逆に謙也んちに泊まりにいったこともあるけど飯の準備してくれたことなんかいっぺんもなかったんに。どういう風の吹きまわしや。なんて、ぐるぐると頭で疑念が回る。



「謙也、おかんに会ったんや?」

「おん、ゆかりちゃんとお姉ちゃんにもな。丁度来たら出掛けるとこやったみたいやで」

「そうなん」

「ええなあ、電車旅、楽しそう」



トーストにイチゴジャムを塗りながら羨ましそうに話す謙也を見つつ、フォークでサラダをつつく。母親と姉、妹は父親が仕事で一人出張中なのをいいことに、休日中は3人で東京観光をするらしく出掛けていったのが今朝。せっかくの3連休だから一緒に来れば?と妹たちには誘われたが、一体何が楽しくて女たちの観光やら買い物やらに付き合わなければならないのか。荷物持ちをするのはごめんだったので、その誘いは丁重にお断りし、こうして代わりに謙也を家に呼んだわけである。

家族のいない家に泊まりに来ないか、なんて女相手では下心が丸わかりだが幸い(かどうか知らんけども。)謙也は男。別に一つ屋根の下で謙也をどうこうしようなんて気はさらさらないけれど、2つ返事でOKをもらったときはほんの少しだけほっとした。



「なあなあ、今日どっか行かへん?」

「なんや、どっか行きたいとこでもあるん?」

「いや、別に特に目的はないんやけど、せっかく天気もええんやし…」

「あ、せやからこんな朝早くに来たんか」

「、そうそう。思い立ったらなんとやら、っちゅーやろ」



嬉しそうににこにこ笑っている謙也。牛乳を飲んだのか、口の周りが白くなっていてまるで子供みたいだ。可愛い。そんなことにも気づかない、いつもよりうんとご機嫌らしい謙也を見ていると、こっちまでなんだか楽しくなってきて口許がゆるゆると弛緩する。



「白石、どっか行きたいとこある?」

「うーん、行きたいとこなあ…あ、買い物行きたい」

「買い物?」

「うん」

「ええよ、行こう。好きなとこ連れてってや」



満面の笑みを向けられて、つられて俺も笑って見せた。あかん、今日もやっぱり謙也んこと好きやった。こうやって笑いかけられる度に毎回好きやって再確認すんの、ええ加減キショイで、蔵ノ介。

美味しい朝食と可愛い謙也とで腹も胸もいっぱいに満たされた俺は、このときにはもう微妙に感じていた違和感のことなんて綺麗さっぱり忘れていた。