fluffy




あり得へん、ほんまあり得へん自分。キスってなんやねん、好きってなんやねん。なんで、なんで、なんで。謙也さんは男やのに。はじめて親友になってくれた、俺みたいなどうしようもない奴を受け入れてくれた、大事な先輩やのに、それを裏切るようなことするとか。今の居心地のええ関係壊すとか。ほんでまた、泣くし。



「…っ、ムカ、つく」



自分で自分が許せない。情けなくて、悔しくて、涙は止まらない。これまで何度となく顔を埋めて泣き晴らした枕。謙也さんと親しくなってからは謙也さんが受け止めてくれたから、あまり使うことがなかったこれを濡らすのは、一体いつぶりだろう。

そもそも、自分が謙也さんを好いていたという事実を、自覚したのがあまりにも遅すぎたからいけない。だから多分、無意識に暴走した思いを制御することができなくて、勢いのままに行動してしまったんだと思う。確かに、好きだった。謙也さんは俺にとって、さっきも言ったように大切な大切な先輩であり、親友である。彼に対しての好意は十二分に抱いていたことは認めよう。

けれど、それはあくまで人として、の話。あたたかくて優しくて、器の大きな忍足謙也という"人間が好き"だったという話。それが、キスまでしてしまうような"好き"に繋がるなんて今までこれっぽっちも思いやしなかった。考えたことすらもなかった。



(も、いやや…)



頭の中も、心の中も、ぐっちゃぐちゃで目眩がする。何も考えられない。考えたくない。さっきまでのことも現実じゃなくて夢だったらどんなに良かったか、なんて。それは一番思ってはいけないことだけど。だって、俺がそんなこと思ったら巻き込まれた謙也さんが、かわいそう。そんなの、あんまりだ。

結局俺は謙也さんの優しさの上に胡座をかいて座っていた、どうしようもない甘ったれだ。


















さて、どないしよか。



「…目が一向に合わへん」



思わずそう漏らしてしまうほど、俺はあからさまに財前に避けられていた。いや、避ける、というよりもはや逃げると言ってしまってもいいと思う、あの態度は。目は反らされる、会えば逆方向に全力疾走される、近づいていけば半径3メートル圏外からもうじりじりと後退される、エトセトラエトセトラ。ここまでされると正直もうお手上げである。



「嫌われたなあ、お前」

「うわっ!な、なんやユウジか。びっくりさせるなや」

「アホ、こんなんでびっくりすんなや」



ぬっ、といつの間にか隣に立っていたユウジは腰に手をあて、一番隅のコートで師範とラリーをしている財前を眺めていた。そうして俺をちらりと見るとにやりと笑い、いきなり背中をバシバシと叩いてきた。え、なんやこいつ、相変わらず傍若無人だこと!



「あっははははっ、ざまあ見さらせ!」

「ちょっ、痛い痛い痛い!やめえやボケ!」

「自分にだけ懐いたとか思い上がっとるからあかんのやバーカ」

「な、なんやそれ、嫉妬か!」

「嫉妬や!悪いか!」



お前ばっかり財前手懐けようなんて甘いわ!なんて言ってはゲシゲシと足を蹴ってくるユウジの横暴っぷりは、まるでガキ大将を想起させる。一方的すぎる暴力に頭にきたので、遠慮なくこっちも蹴り返してやった。

ああそうや、思い上がって浮かれとったわ!せやかてあの一匹狼な財前が懐いたら誰でも嬉しいやろが!舞い上がるやろが!なあ!



「ユウくん、あんまり虐めたら可哀想やろ」

「そうや、俺が可哀想…って、うえっ!小春!?」

「うえ、ってなんやの、失礼やわあ」

「あ、いや、すまん、気配感じひんかったもんやから」



今度は突然背後から小春が現れたので、またもや仰天。つい体が仰け反った。そんな俺の反応に不満そうな顔の小春は、「小春ぅううすまんんん」と彼に抱き着くユウジの顔をグイグイ押し返している。



「財前クン、最近変やね。なんかあったん?」

「んまあ…いろいろ」

「あんなに謙也とおったのに、近頃はなんや避けてるみたいやし」



心配やわあ。と頬に手を添えて困ったような表情をする小春に、ツキッと心臓が痛んだ。財前があんな態度をとっている原因は明らかに俺で、そんな財前を心配している小春にまで迷惑が及んでいるとは。でも、言えない。言えるはずがない。そんな、いきなりちゅーされて好きって言われたなんて、洒落にならない。ごめんな小春、事情言えんくて、それと心配かけて。

一人申し訳なく思っていると、不意に小春が俺を見たのでドキリと心臓が跳ねた。何を聞かれるのだろうか、そう身構えていると小春はふっと口角を緩めたので、思わず肩から力が抜ける。



「ほんでも財前クン、この頃変わったなあ」

「え?」

「あ、それ俺も思っとった」



小春の言葉にユウジも賛同をし、俺だけがことりと首を傾げる。ふうわりと微笑んだ小春は遠くの財前を見つめて、それはそれは柔らかく目を細める。ユウジもユウジで、普段は強面のくせに見たこともないような優しい表情で小春と同じ方向を向いていた。



「前はほんまに近寄り難いっちゅうか、クールっちゅうか。気軽に喋りかけたらあかん雰囲気漂わせとったのよ、あの子」

「な。俺んこと構うなっちゅーオーラ全開でなあ。ほんまおもんない奴やったわ」

「うん。せやけどね、最近ちゃうやん?」

「ちゃう、んかな」

「ちゃうやろ、全然」

「まあ近くにおった謙也はわからへんかもしれんけどねえ」



ふふ、と嬉しそうに笑う小春に益々首を傾げるばかり。

…ちゃうんやろか。確かに俺の前では素直になったっちゅうか、素見せるようになったなあとは思うし、俺ん中の印象もだいぶ変わったけど。でも、みんなとおるときの財前の変化は正直わからへん。まだ自分からは話しかけたりせえへんし、どっか遠慮しとるように見えるし。



「この前な、笑うてくれたんよ」

「え?財前が?」

「二人でネタの練習しとるときに偶然見られてしもて…なあ、ユウくん」

「おん、びっくりしたわ。じーっとこっち見よるかと思ったらいきなり笑うて、頑張ってくださいって、言ってきたん」

「…ええっ?」

「ね。びっくりやろ」



目を丸める俺にふふふと笑う小春。え、うそ、ほんまに?みんなの前でも笑えるようになったんか、財前。それは…嬉しい。ずっと財前が救われたらええなって、みんなともうち溶けられたらええなって、思っとったから。そうか、そうなんか…。

ほええ、と小さく漏らすと小春とユウジはにししと顔を見合わせて笑っていた。



「これって多分、謙也くんのおかげなんやろね」

「えっ、そう、かな?」

「そうやろ。財前が柔らかくなりはじめたの、お前と仲良うなり出したあたりやし」

「…やばい」

「え?」

「ほんまにそうなら、うれしい…」



ああどないしよう、口元のにやけがおさまらへん。財前の支えになれてたんかな、俺。

助けたいとか、精神安定剤になれたらとか、そういうの全部高慢な考えかもしれへんって、ただの押し付けがましいお節介なんやないかって、心のどこかで思っとったから。不安やったから。それに、こないだからずっと財前浮かない顔ばっかしとったから、俺なんかが財前に構ったらあかんかったんやないかって、どうしようもなく不安やった。せやから、そう言われたらもうたまらんくらいに、嬉しくてしゃあない。

ふにゃふにゃに破顔させて笑うと、二人は困ったように苦笑を漏らした。



財前、俺はお前のために、なんかしてやれたんやろか。お前に難しい感情抱かせてしもて、困らせただけやのうて。俺は財前が笑ってくれるだけでな、胸がいっぱいに満たされるんよ。

…なあ、財前。俺が財前のこと、どうしようもなく気になっとった理由、今わかったかもしれへん。







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