ache




見慣れた自分の部屋のベッドに我が物顔で転がる財前と、床に座る俺。二人の視線はテレビの中で繰り広げられる死闘に釘付けで、手にしたコントローラーを操作するカチャカチャという音が響く。



「あ、待っ、タンマタンマ!」

「タンマ無し」

「そんなひどっ…ああああ」

「はい俺の勝ちー」



『WINNER 2P!』の文字がでかでかと表示された画面に、自棄気味にコントローラーを放る。ちらりと財前を見れば、彼は俺と目が合うと人を小馬鹿にしたように鼻で笑った。



「こんでぜんざい3つっスから」

「買うけど…買うけどさあ、そん代わりに俺にも青汁買え!」

「いやいや、謙也さん1勝もしてへんし」



格ゲーは得意な方だと思って「勝った方の好きなもん、負けた方の奢りな」なんて勝負をふっかけたのがそもそもの間違いだった。これできっと800円くらい財布から消える、今月あんま金ないんに。

はあ、とため息を吐いて伸びを一つしていると財前が不意に喉が渇いたと訴えてきた。しゃあない、敗者は勝者の言うこと素直に聞いとくか。そう自分に言い聞かせて「なんか飲み物持ってくるわ」と部屋を出る。

財前とは以前よりもうんと親しくなった、と思う。少なくともちょっと前の俺たちは一緒にテレビゲームなんてしたこともなかった。きっかけは明白。あの日から財前の泣き顔は幾度となく見てきた。



「人前で泣けへん。けど、謙也さんの前なら泣ける」



と、そう言った財前がなんだか急に可愛く見えて、妙な責任感が芽生えて。一緒にいて支えてあげたいと思った。先輩として、仲間として、一人の友人として、もっと財前のことを知っていろんな表情が見たいと思うようになった。そんな気持ちから財前を構いすぎているせいか、今はよく周りからも仲が良いなと言われる。

財前も財前で、相変わらず減らず口をたたいたり生意気なのは変わらないが、やはり俺といると遠慮せずによく泣くようになったし、反対によく笑うようにもなった気がする。最近じゃ自分から昼ごはんを一緒に食べようと誘ってきたり、家までの帰り道も一緒に歩いたり、今日のように互いの家を行き来して遊んだり。なんというか、ずっと懐かなかった飼い猫がやっと心を開いてくれたというか、そんな感じだ。素直に嬉しいと思う。話してみれば案外財前光という男はいい奴で、面白いやつだ。彼が入部したての頃は愛想のない嫌な奴だとムカついたこともあったけれど。

今はただひたすら、助けてやりたいと、少しでも自分の存在が財前の精神安定剤にでもなればいいなと、そんなことを願うばかりだ。



「麦茶しかあらへんかったわー」

「えー、コーラとか無いんすか」

「丁度きらしてんねん」

「…確かこの辺に自販ありましたよね?」

「おん。あ、買いに行くなら俺のも…」

「え、行くの謙也さんでしょ」

「え!負けたからって俺パシりまでするのん?」

「、冗談すわ」



くくっと喉で笑った財前は俺が渡した麦茶を一口飲んだ。部活なんかじゃあまり見れないようなその笑顔に、やっぱりいいなと思う。泣き顔や仏頂面が嫌いなわけやない、けど、財前は笑うた顔が一番ええ。なんちゅうか、年相応っちゅうか。



「やっぱええわ、笑うた方が」

「え?」

「その顔、好きやでって話」



そう言って笑いかける。すると、一瞬にして止まった財前の動きと表情と。

あれ、なんか自分おかしいことでも言うたんやろか。笑うた顔がええとかクサイ?引かれた?と、そんなことを考えながらついつい狼狽えてしまう。名前を呼び掛けても全く反応を示さないでいる財前は、黙って俺のことを穴が空くほど凝視してくるばかりだ。



「ざ、財前?」

「…」

「な、なあ、俺なんかまずいこと…」



言うたか?そう聞こうとしたのに、言葉が出なかった。出さなかったのではない、出せなかったのだ。突然唇に蓋がされてしまったから。その蓋は柔らかくて少しかさついている。開ききった目蓋の奥、二つの瞳が映したのは目一杯に近づいた財前の伏せられた長い睫毛。こんなに人の顔を間近で見たのははじめてで、ついまじまじと見つめてしまった。っちゅうかこれって、キス、やな。

わかってしまえば混乱してざわつきはじめた脳内。次第に顔には冷や汗みたいなものがじわじわと湧き出して、急激に体が熱くなる。財前の唇、ちょっとばかし冷たい、そういや体温低いもんなあ。なんて、そんなことを頭の隅の方で考えられるあたり、自分案外余裕あるんやろかとか、呑気に思ってみたり。

口を塞がれて数十秒、いや、本当のところは数分か数十分かわからないけれど、暫くしてから恐る恐ると言った風に離れていった唇はほんの少し震っていた。これ以上ないってくらいに近づいていた顔も一緒に遠ざかっていく。



「…」

「…」



何も考えられなかった。ただ胸の中心には財前に唇(それも思えばファーストキス、だ。)を奪われたという事実がぽつんと在って、それ以外のことは一切思考から除外されている。



「…好き、です」

「えっ、」

「…っ、ごめんなさい」

「あ、ちょお!」



ガタッ、と音がたったのは立ち上がり様の財前の膝が脇にあったチェストにぶつかったからで。大丈夫かと聞く前に彼は着てきたパーカーと自分の財布を掴んで出ていってしまった。それはもう、逃げるように。

呆然と財前が去っていった扉を見つめる。なんだったんだろう、今のは。時間にすればたった数分のことなのに、起きたのはなんとも濃厚すぎる出来事。白昼夢でも見たんじゃないか。そう思い手の甲をつねるが、確かに痛みを感じる。



「夢、やない…」



去り土産として馬鹿でかい威力の爆弾を落としていった後輩。可愛い可愛い俺の後輩で、親友 の財前光。

あいつ、好きとか、言うて。



(くちびるも、顔も、あつい。)



財前の逃げ際に一瞬だけ見た、今にも泣き出しそうな顔がフラッシュバックし、心臓の辺りがジクジク疼いて仕方がなかった。







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